妖精国の騎士4
アーサーが、グラーンに入国。
真王の帰還を祝福する大地。
こういうシーンを読んでいると、本当に、ファンタジーにふれているなぁと感じさせられます。
素敵だ。
アーサーが、グラーンに入国。
真王の帰還を祝福する大地。
こういうシーンを読んでいると、本当に、ファンタジーにふれているなぁと感じさせられます。
素敵だ。
主人公が、ローゼリィという女の子であるということ(まあでも、そこらへんの女の子とはひと味違いますが)が、この物語を他のファンタジーから際だたせていると思います。
同じようにファンタジーとして完成された世界をもつ、トールキンの世界では、ロマンは、すごく遠景なのですが、この作品は、ファンタジーとして完成されながら、しっかりと少女マンガでもある。
その部分が、完結までずっとすすむことができた理由のような気がします。
運命に翻弄されるだけではなく、自分から立ち向かっていこうとする姫君。
そういうお話が、ちゃんとうけいれられているというのは、とても心強いことです。
中山 星香は、流れる血にも、体を構成する細胞も、ファンタジーでできているのだなと思います。
それも、夢物語のファンタジーではなくて、「指輪物語」が形づくった、人が実際に生きているファンタジーです。
今回、運命の恋人、ローゼリィとアーサーが出会います。
このアーサーの書き方1つを見ても、本当に、この人のなかに、ファンタジーが息づいているのがよくわかります。
「デクトラ」とは別の意味で、作者の意図を感じすぎてしまうファンタジーだなぁと……。
一神教の罠があると思います。
だって、神が全知全能なら、そもそも涙の地なんて生まれなかったろうし。
間違った信仰のせいで、報いがあったといわれてしまいますが、
失敗したこと=間違った信仰
成功したこと=正しかった信仰
というのは、後づけでついてくることで、実際に、間違ったことをしたからすぐに報いがくるわけでもなければ、正しい信仰をもっていたから、助けがあるわけでもないですよねぇ。
でも、なにかできないことがあると、「信仰の努力がたりない」とか言われちゃうわけです。この物語の世界では。
でも、どんな謙虚な心を持っている人だって、
「神が助けてくれる。力を貸してくれる」
と信じること自体が、不遜なことではないのか?
それは、自分が力を操っているのとかわらないのでは?
とか、思ってしまうわけです。
ラルフ・イーザウ, 酒寄 進一, 佐竹 美保 / あすなろ書房(2003/12)
Amazonで詳細を見る
Booklogでレビューを見る by Booklog