大島弓子一覧

少女のまなざし

大島弓子が選んだ大島弓子選集5

「赤すいか黄すいか」は、確か、「綿の国星」のコミックスに載っていて、それではじめて読んだんです。
その当時は、まったく、さっぱり、意味がわからなかったです。

まぁ、今だって、意味がわかるとはいえないんですけどね。ただ、何が起こって、どうしてそういう状態なのかは、わかるようになってきました。
そして、大島 弓子、なんちゅう話を書くんだと……。

それは、「ダリアの帯」を読んだときにも、思った。

ある意味、少年と少女には、断絶があります。
その断絶ばっかりをかいたような作品がならんでいます。

でも、断絶がありながら、物語的な救いは、お互いに手をさしのべたところにある。
その結論の脈絡のなさと、それでいて、圧倒的な説得力。

多分、それが、大島 弓子のなかの少女の視点なのだと思います。


角川系、その後の大島 弓子

大島弓子が選んだ大島弓子選集6

角川のあすかコミックスあたりから出ている作品を集めてあります。

このあたりの作品は、初期のエキセントリックさが薄れて、読みやすい気がしていました。でも、作品そのものの持つ深度は、変わっていないですねぇ。


サバのいた日々

大島弓子が選んだ大島弓子選集7

自選集ラストです。
まあ、名作が網羅されているかな?でも、大好きな「ジョカへ」とかはないんです。あれは、本人の中では、未完成だからかなぁ。いつか、描き直すとかいっていた様な気が。

この巻は、サバの話が中心です。
この同居人を得ることで、あきらかに、大島 弓子のなかのなにかがかわったんだと思います。そして、そういう変化は、作家にとって大切なのです。


割烹着とエプロンドレスの白い草原で

ちびねこ絵本

絵本というか、詩というか。

ミニミニなちびねこの日々の冒険です。
このちびねこは、須和野ちびねことは、違うちびねこだと思っていたのですが、途中で、須和野さんという名前がでてきましたね。

でも、時夫の姿がないので、これは、やっぱり別の須和野さんのところの別のちびねこなんだと思います。
まあ、同じでもいいんですけどね。

「グーグーだって猫である」の擬人化していないネコたちと、ちびねこたちは、この人の中でどんな風につながっているんだろう?
どっても、リアルな世界としてとらえている気がします。

大島 弓子の目線って、すごい。希有な人です。


ネコのいる日常

グーグーだって猫である5

ネコのいる日常の風景。素敵だ。
日だまりの中、一緒に暮らせれば、こんなシアワセなことはない。

大島 弓子
角川書店,角川グループパブリッシング
発売日:2010-02-26
 


果てしなきこの小さな世界で

くりまん ちびねこ絵本

ちびねこ絵本、第2弾です。

ちびねこの嫉妬のところ、ものすごい好きです。
多分、この感情に気づけるかどうかは、だれかと本当に仲良くなるときにキーになる気がします。
そして、自分のその感情と、どう向き合っていくかも。

見た目にだまされてはいけない。ふわふわしてみえるけど、これらはすべて、天才のが生み出した言葉なのです。


ありがとう

グーグーだって猫である6

グーグーの最期。
なんか、読者のわたしから出てくる言葉も、

「ありがとう」

だったりします。

ありがとう、グーグー。
おやすみ、グーグー。

大島 弓子
角川書店,角川グループパブリッシング
発売日:2011-09-23
 


心は還る

大島弓子 fan book ピップ・パップ・ギーととなえたら

びっくりするほど、覚えていないですねぇ。大島 弓子。
特に、「綿の国星」以前の作品については。
で、強烈に読みかえしたいという思いが、高まってきています。

また、朝日ソノラマ版の選集を読み返そうかなぁ。なぜか一緒に、川原 泉と岡崎 京子も読み返したくなっています。


この時代の記憶は凄いのに…

夏のおわりのト短調

懐かしいなぁ。
多分、1番懐かしい大島 弓子です。

大島 弓子は、「綿の国星」から読み出したのですが、花とゆめコミックスでは、巻末に別の短編が入っていたりしました。その一緒に入っていた短編が、多分、この本の中の短編だと思います。
今調べてみると、

1巻「夏のおわりのト短調」
2巻「たそがれは逢魔の時間」
3巻「赤すいか黄すいか」
5巻「裏庭の柵をこえて」
6巻「あまのかぐやま」

となっていますねぇ。

しかも、確かな記憶ではないのですが、「夏のおわりのト短調」は、なぜか、「綿の国星」よりも先にコミックスに載っていた様な記憶があるのですが、違ったかな。1
それで、「綿の国星」のはずなのに、なぜ??となった記憶が。

大島 弓子、凄い好きと思ったのは、もちろん「綿の国星」なんですが、もう1つは2巻目の「たそがれは逢魔が時間」なのでした。

だから、「夏のおわりのト短調」は、全然、意識してなかったですねぇ。
今読むと、凄いですよねぇ。今でも、充分通用するドラマだ。というか、今の方が、もっと理解されやすい気がします。

「あまのかぐやま」の副担のカミングアウトとかは、本当に、時代が追いついてきたんだなぁと。わたしは多分、はじめて読んだときは、ただの女の子たちのからかいを避けるためのフェイクだと思っていたと思います。もしくは、まったく理解していなかったか。
なんていうか、例えば、「風と木の詩」や「変奏曲」みたいに、違う世界のことならば、そういうこともあるかもしれないと思っても、身近なところで、いろんな思いをしている人がいるとは想像できてなかったんだろうなぁと思います。

わかりにくさは、あんまり感じなかったです。

30年以上前の物語ですが、今読み返す意味が、ものすごくあると思います。

  1. 今、ねぇさんが調べてくれたところによると、もともと「夏のおわりのト短調」という題で花ゆめコミックスが出ていて、あとで「綿の国星」の人気が出たため「綿の国星」と改題されたそうです。 []