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なんでコンテンツにカネを払うのさ? デジタル時代のぼくらの著作権入門

これも、評価経済に移り変わっていく過程のお話みたいです。

ネットは、僕たちの社会をどこに連れて行くのだろう。こういう話をきくと、怖いんだけど、ワクワクする。
自分たちが乗っているこの時代は、実は、ジェットコースターで、幕末や戦国並みにおもしろい時代なのかもしれない。

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評価経済社会 ぼくらは世界の変わり目に立ち会っている

あぁ、実用的かなと思う「スマートノート」から読み始めましたが、この人の本は、こういうでっかいことを話す本の方がおもしろいですね。

……「スマートノート」は、もうスマートではなくなっていますが、まぁ、ノートとるのは続けています。
わたしの中では、きちがいノートと呼んでいますが、最近は、ちょっと狂気がたけないです。
すごいはちゃけたことを考えるというのも、けっこう大変だということがわかりました。
というか、最近は、ダイエット手帳みたいになっています……どこまでいっても、岡田 斗司夫から逃れられんのか、最近のわたしは。

まあ、読んでわかることは、社会の価値観が変わっても、僕たちは相変わらず、ホンの少しの勝ち組と、大多数の負け組に分かれて、ウダウダやってるんだろうなということですね。

これの元が、十数年前に書かれてたというのは、スゴい。
この人、何者だ~と思うよね。
元本の「ぼくたちの洗脳社会」も、読んでみたいです。

あぁ、でも、すごいおもしろい岡田 斗司夫ですが、最近ウォッチしていて弱点を1つ見つけた気がします。
それは、けっこう見積もりが甘いかも……。

でも、多分、基本的にいい人です。

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人生の法則 「欲求の4タイプ」で分かるあなたと他人

最近、岡田 斗司夫のポッドキャストとかをよく聞いています。
これは、その中で話していた「王様」、「軍人」、「職人」、「学者」といっていたのを「注目型」、「司令型」、「理想型」、「法則型」と理解しやすく、受け入れられやすく言い換えた感じの物だと思います。

そして、その4タイプが、それぞれの特徴を活かして働けば、良い仕事ができるよというお話です。

まあ、実はなかなか人をタイプ分けするというのは、難しいことだと思います。
基本、例外がどうしても多くなるしね。

でも、当てはめて考えてみたら、楽な部分も確かにあります。
自分がどのタイプかということを知ると、そこ以外にあんまり責任を感じなくてもいいかと思えたりします。
人間というのは真面目なので、必要以上に責任を感じちゃうんですよね。で、この定義の仕方が正かどうかはおいといて、どこかで、自分の責任の範囲を規定してやらなければならない。そういう時に、役にたつかなぁと思います。

あと、どうしても理解できない人について、理解は出来ないけれど、定義してみて一旦棚に置いておくことが出来る。

そうやって、棚をもって一旦棚上げしておくというのは、実は有限な人生でけっこう有効な方法なのではないかと思います。

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あなたを天才にするスマートノート

「1分間勉強法」と平行して読んでいたので、よけいに、その志の高さが目立って面白かったです。

ダイエットが成功したので、割と信じてる岡田 斗司夫です。今は、また停滞期に入っていますが……。

まあ、やってみたいと思いながら、また今度と、先延ばしにするところが、わたしの悪い癖だな。
なんでも、「当たり前のことをしっかりと続け」られたら、素晴らしい力になるとは思いますが、はじめにやり始めるのと続けるのには、やっぱり、どっこいしょと越えないといけないハードルは高いです。

最後の「師匠」についてですが、これは正しいことだけど若干の危うさも感じる。
あくまで、師匠というのは、自分が心酔して弟子入りすることが条件だと思います。この人の弟子になったことで、自分がつぶれちゃってもかまわないぐらいの気持ちが必要。

多分、俺が師匠になってあげようという人は、信じちゃいけない。その後で、

「俺は師匠だから、なんでも言うことを聞くのは当たり前」

てなことを言う人なら、それは、詐欺師確定でいいと思います。

ところで、3社から3冊同時刊行プロジェクトなのですが、本屋には、この本しか見あたりませんでした。
なんで?

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オタクはすでに死んでいる

オタクの世代論。
なんか、自分の世代ではないところは、やっぱり、よく見えていないみたいで、「それは、どうかなぁ」とか懐疑的に読んでいたのですが、「第2世代のオタクは……」みたいな自分の世代のところは、本当に良く当てはまるというかその通りだと思った。

確かにまぁ、わたしらは、「オタク」なんて名乗れるのは、エリートだと思っていたから、「わたしなんてとてもとても」みたいな謙遜はあったな。
まあ、オタクの一線(?)の人たちというのは、ホントに戦っているイメージが強い感じです。バーッと理論武装してね。今は、そうでもないのかなぁ。
で、その理論武装的なところが、けっこう好きです。

まぁ、基礎的な教養は、もっていて欲しいとは思います。
というか、オタクの矜持として、「それについて知らないことはない!」と、知らなくても言い切って、語って欲しいなぁ(笑)

まあでも、敷居がさがったのは、単純に悪いことでない気もします。
というか、昔のオタクは、こうやって、世界に浸透したり、認められたり、普通になっていくのを夢見ていた気がします。
そのために努力して、実現した世界が、実は、あんまり住みよい世界ではなかったというのは、まぁ、良くある話といえば、良くある話だな。

で、最近、岡田 斗司夫が書いた本の題名が「遺書」なのか……。
おもしろいらしいですけどね。

うーん、単純に、いつでも起きている世代交代という気もちょっとする。
そして、いつだって、旧世代が、駆逐されていくのかも。