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紫の結び2 源氏物語

あぁ、この人はもしかして夕霧がそんなに嫌いでないのでは。

ということで、ちょっとダレる感のある「須磨」から帰ってからの「源氏物語」ですが、なかなか、魅力的にかかれていました。

「宇治十帖」の楽しさは俵 万智に教えてもらったし、いろいろな人の「源氏物語」を読むもんだなぁと思いました。

ただし、「若菜」が、上下にわかれているのはいいのですが、「若菜」の上の途中でこの本が終わっているのは、ちょっといただけないなぁ。

そして、紫上と女三の宮が会っているのをいいことに、朧月夜の君に会いに行く光源氏。
最低ですな。

その最低さが、ほんとうに淡々と書いてあって面白いです。
うーん。この淡泊な感じが、いい味になっています。

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紫の結び1 源氏物語

「源氏物語」のメインストーリーだけを抜き出した物語で、ものすごく読みやすいです。
ある意味、今まで1番読みやすかった「あさきゆめみし」よりも、読みやすいかも。

源氏物語には、作者複数説があって、特に、前半部と後半の宇治十帖の物語のことをいわれることが多いのですが、実は、前半部だけでも、「藤壺」-「葵の君」-「紫の上」-「朧月夜」-「明石の君」-「女三の宮」の貴種流離譚ラインと「空蝉」-「夕顔」-「玉鬘」の中の品の女ラインのお話で、作者が違うのではないかといわれたりしているようです。

まぁ、作者が違うかどうかはわからないのですが、多分、書かれた順番は、メインの貴種流離譚ラインが書かれてから、サブの中の品の女ラインの話が書かれたのは、確かなような気がします。

サブの話は、

「もっともっと源氏の話を聞きたい」

という声に応えて書かれた外伝みたいなものではないかと思っています。

で、これは、そのメインのラインだけを書いていて、物語としてものすごく読みやすく、ストーリーの一貫性もあるのです。
紫の上と源氏が出会うあのものすごく印象的なシーンは、たしかに、物語のこれぐらい前半部にあるべきだと思います。
というか、今回、読んでて、「若紫」が物語のはじまりだったんじゃなかろうかとすら思ったりしました。

まあでも、誰に向けて書かれているのだろうというのは、謎ではありますね。
この本を読んでもらいたいと思っている年齢層って、いくつぐらいなんだろう。
中学生以上出ないとつらいし、ほのめかしとか考えると、高校以上かなぁという気がします。

この書き方で、メインラインを書いた後、サブのラインや、宇治十帖も、荻原 規子に書いて欲しいとちょっと思った。

俵万智の「愛する源氏物語」以来、宇治十帖が好きなのです。

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西原理恵子 絵本館

3冊、詰め合わせセット。
えーと、絵本といいながら、いろいろなコミックからのより抜きです。

いいとこ取りなので、安定のおもしろさ。
でも、これを購入した人は、これで満足せずに、ぜひ、原典にあたって欲しいです。

3冊セットというところと、理論社というところが、ちょっと、ダメなんじゃないかという感じもにおわせますが、それは、作品の良さとはなんの関係がありませんので。

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西原理恵子の人生画力対決3

対決の相手を捜して、友だち(?)を増やしていく様子が、なんか八犬伝みたいでいいよね。

ジャンプ系の人は、さすがに出てこないけど。小学館、秋田書店、講談社と、すごい人脈だ。

まぁ、画力対決といっているけれど、コレ、きっと西原版の徹子の部屋なんだと思います。

会場行けば、すげーおもしろい話、きけるんだろうなぁ。

しかし、理論社、かなりダメなことをやったみたいですね~。ビックリした。

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この世でいちばん大事な「カネ」の話

西原さんが、子どものために書いた1冊。
題名は西原節ですが(そして、けっこうな数の4年生の子どもが、この本の存在を知っていました)、内容は、いたって真面目です。なかなか、手にとって読むところまではいかないだろうけど……。

西原 理恵子とか内田 春菊の本を読むと、この人たちは、苦労が日常だったんだなぁと良くわかります。そして、今だって、そういう、犯罪的な日常の中にいる子どもは、いるんだなぁと。

そして、多分、階層が違う(という書き方は、傲慢か?そういう苦労な日常がない毎日を送れているラッキーなわたしたちみたいな人間)にとっては、その生活を想像することは、なかなか出来ないのだと思います。

普段、かいているものや、今の生活を見て、批判をされたりはするんだけれど、多分それは、想像できない生活があることすら想像できないほど、柔軟性がなくなっているからかもしれないなぁ。

コレ読んでて、1番思い出したのが、「自虐の歌」でした。
あれって、確かにあった風景なんだよなぁ。