マストリードな原点
歌う船
古典の部類に入るSFです。
今回、作者が書いたシリーズがⅠ冊にまとまった本ということで、今回、Kindleで購入、車の中でアレクサに読んでもらっていました。
アン・マキャフリーは、「パーンの竜騎士」のシリーズの短編をなにかのアンソロジーで読んだことがあるはず。
そして、「歌う船」も、最初のお話は読んだことがあるはずと思っていたのですが違っていたみたいです。記憶がない可能性もあるのですが、けっこう最近読んだ本ではない記憶はしっかりしているので(笑)
いや、女の子が電脳に繋がれているイメージは、けっこう強烈に覚えていて、多分、それは、ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアの「接続された女」ですね。
これが、ずっと「歌う船」を読んでいるあいだ、イメージの中にありました。
「接続された女」は、けっこう酷い話(出来の善し悪しではなくて鬱よりな話という意味)で、ずっとその話がいつはじまるのかと、ちょっとドキドキしながら聞いておりました。
「歌う船」は、そんなに酷い話ではなかったです。
短編の連作集で、歌う船と呼ばれたヘルヴァという女の子が主人公のお話です。
この女の子は、生まれたときに障害があって、一生、宇宙船の「頭脳」として生きることを運命づけられている。宇宙船型のサイボーグなんですね。でも、女の子。そして、「筋肉」と呼ばれる宇宙船のクルーとバディをくんで、宇宙を飛び回る。
もちろん恋愛的な要素もあって、ということで、まあざっくりいうと異類婚ものです。ざっくりしすぎというこもありますが。わかりますね、大好物です。
多分、機械とつながっている女の子ということで、「攻殻機動隊」草薙 素子とかの原型です。いまならいっぱいいるヒロインたちの最初の1人です。
でも、最初の「歌う船」の感想は、おもしろいんだけれども、やっぱり古いなぁ。なんかものすごくあらすじみたいな話だなぁでした。
いや、今のラノベとかだったら、この短編1話だけで10巻はいかないまでも、5巻ぐらいは書くと思います。
以下、ネタバレありです。
なんせ、30ページぐらいの短編で、来歴とデビュー戦が語られて、最初のパートナーとの初恋があって、そして、最初のパートナーあっさり、死んでしまいます。そして、歌えなくなって、また、歌えるようになる。考えられないぐらい濃い30ページ。
いや、もっとこの2人の冒険をずっと続けていけばいいじゃんと思うんです。また、歌えるようになるまでだけでも、1巻かけても良いぐらいじゃないですか。それを1話でやってしまうのという。続ければ続けただけ、別れももっとドラマチックになるだろうし、消失感もでるし、復活に盛り上がりそう。
でも、このスピードでお話が進むのが、メチャクチャおもしろいです。そして、この1話から最終話まで、ずっと、この1話のできごとを引きずっている。いや、引きずるという表現は、なんか消極的ですねぇ。なんというか、もっと積極的にこれがお話をすすめる原動力になっているのです。
そして、めちゃくちゃ、いろんなお話に影響を与えているなぁと。
最初に書いたように、SFでは今はわりと普通にあるサイボーグやアンドロイドとの恋愛ものは、多分、これが原型です。
眉村 卓「わがセクソロイド」、CLAMP「ちょびっツ」、松本 零士「セクサロイド」、杉浦 次郎「僕の妻は感情がない」、アイザック・アシモフ「ファウンデーションの誕生」。
こうやって、恋愛が割とメイン名作品は、アンドロイドものが多いですね。
書いていて、この「歌う船」が画期的なのは、心としての女の子は存在するのだけれど実体としての女の子は異形であることかもしれません。
後半、ヘルヴァはナイアルという新しいパートナーを得て、一緒に長い旅をします(それだって、2話ぐらいの短編なんだせ。凄い)。
この2人の掛け合いも良くて、ナイアルはがヘルヴァを呼ぶとき、
「ぼくのベイビー」
って呼んでいて、最初のうちはヘルヴァは絶対に、
「わたしはあなのベイビーじゃない」
といっている。でも、お話がすすんでいくうちに、ヘルヴァはそれを言わなくなるんですね。
このやりとりは、わたしは「未来少年コナン」のダイスとモンスリーのやりとりを思い出していたりしました。(良く考えれば、あんまり似てはないなけど)
人間って、どんなものにも恋心を抱くことができて、それは、その恋心は対象にとって実はそれほど重要ではないというのが、多分、アンドロイドとの恋愛物語のひとつの結論なのかなぁと思っています。
でも、サイボーグの場合は、相手にも感情や心があって……。
そうやって考えていくと、心とはなんだろうというか、見えない心というのは、本当にあるのだろうかとか、いろんな哲学的なお話に入っていきます。
心というのはもしかしたら物理的な現象がおこす火花みたいなものかもしれない。神経のどこかをひっぱったら怒り出すとか、決められた定型の反応なのかも。それとも、すべてのものに心みたいなものがあって、それによってもしかしたら物理現象は引き起こされているのかもしれないと思ったりもします。
あと、「劇的任務」が、本当にシェイクスピア劇をする話だったりと、いろいろシャレもきいていて、笑ったりもしました。
「船は還った」というお話で、「歌う船」のお話でおきた悲劇の決着をつけて、初恋、それから長い結婚生活(?)にも決着をつけて、それでも、人生は続くというような感じでお話は終わります。
気持ちいい、終わり方です。
ティプトリーの「接続された女」は、美少女としてバーチャルに存在していた女の子の本体を見た男が、めっちや失望するというホラーだったと記憶しているのですが、こっちは、そんなことなく。
もしかしたら、「接続された女」自体が「歌う船」のクエスチョンとしてだされた話だったのかもとも思ったりします。「歌う船」が1961年。「接続された女」は1970年代だそうです。
そのクエスチョンに対するアンサー的なものは、このシリーズの後半の「ハネムーン」や、「船は還った」に少し書かれています。これはもしかしたら、そういう批判とか疑問にマキャフリーが答えたものかもしれません。
この物語の中では、パートナーが「頭脳」の体を見たいと思うことがあり、それが危機になり得ること、また、ナイアルはヘルヴァに、船でない人間型のデバイスを使って触れあいたいことを何回もけっこう露骨にもとめていたりします。
でも、この物語の2人の間では、少なくとも語られることはあっても、ニアミスが1回だけあって、破滅的なことが実行されることはなく、信頼関係は続いたとされています。
本体を見たけれど破滅は起きなかった。デバイス(義体)を使って新しいふれあいができた(ラノベなら、エロ展開ですね)。また、それらのせいで、悲劇が起こった。
ありとあらゆるパターンの話ができて、多分、いろんなパターンが今はあるのではないかと思います。
そのなかでは、マキャフリーの着地は、めっちゃ無難なものにも思えます。
だから、奇形に産まれた子が、そのまま本人の意志とは別にサイボーグとされて一生を過ごすという設定も含めて、受け入れられないという人の一定数いたり、批判を受けたりしやすい物語だということもわかります。
でも、それ自体は、作者はそれが「理想郷」と言っているわけでも思っているわけでもなくて、そういういろいろな矛盾するような世界の中で生きているというのはどういうことなのかという話が書かれているのだと思います。
まあ、それを為政者がいったり、他人から諭されると突然、別の意味になってしまって難しく、そして、陳腐ではあるのですが、生まれた場所で精一杯生きるというお話だと思います。
古さはなくもない。でも、今でもメインのところもものすごく読ませるマストリードな傑作です。


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