田辺聖子,読書むかし・あけぼの,文春文庫,文藝春秋,枕草子,清少納言,清少納言と申します,源氏物語,田辺 聖子,,鬼の女房

むかし・あけぼの 上 小説枕草子

「鬼の女房」でも書かれていた清少納言と則光。やっぱり、いいわぁ。
そして、「清少納言と申します」のなぎ子とも重なります。それは、この清少納言の圧倒的な陽性ですねぇ。
いや、イヤなところはないとか、理想の人とかではないんですよ。でも、この人といれぱ、絶対に楽しいわという感じがあって好きです。
則光との関係も、まあ、そのへんのおっちゃんとおばちゃんといってしまえばそうなのですが、それが大層、愛おしく感じます。
まあ、宮中のいろいろなできごとよりも、こっちの話の方が好きかな。

私は草子に、則光の「かわいげ」を書きとどめるだろう。
と思った直後の
書いてやるもんか!
までの一連の流れとかは、もう本当に落語としか思えない。爆笑しました。それでいて、そうよねぇとも思うし、そして、嫌味でないのです。

なんだろうな、この気持ちよさは。
まあ、世相というか、時代の趨勢は移り変わっていって、だんだん悲しいことが起きてくるのですが、それでも、まっすぐ前を見ている感じがあります。

源氏物語はなよなよっと男も女も一向にすっくりしないところに情緒があっておもしろいのですが、清少納言の物語は、あっさり、そして、すっきり、くっきりといろんなものを見せてくれるところがあるのだと思います。

荻原規子,読書リアル,俵 万智,宇治の結び,愛する源氏物語,枕草子,清少納言,源氏物語,理論社,紫式部,荻原 規子

宇治の結び 下 源氏物語

荻原版「源氏物語・宇治十帖」である「宇治の結び」完結です。

いや、「宇治十帖」は、源氏の一生が終わった後、間におもろない「匂宮」、「紅梅」、「竹河」の3編が入ってしまっているために、メッチャ損をしていると思います。
いわゆる、匂宮三帖ですね。
あの3編が、しかも源氏が死んですぐのところに入っているために、
「やっぱり源氏が死んでしまったら、物語がおもしろくなくなった……」
って、言われてしまいます。
まあ、わたしも、そう思っていました。

でも実は、それに続く「宇治十帖」は、おもしろいです。読み直しのきっかけを与えてくれたのは、俵 万智の「愛する源氏物語」でした。
で、今回、「宇治十帖」を読んで、「宇治十帖」というのは、「源氏物語」というお話をさらに進化させているところがあると感じました。

ちょっと、前半と後半の違いを話したいので、源氏が生きているときの物語を「源氏物語」と書くことにしますね。

「源氏物語」は、各帖、ゆるやかな繋がりはあっても、基本的に1帖1話完結なお話です。めちゃくちゃ長い「若菜」はあるけれど、どっから読んでも読めるようになっています。まあ、玉鬘十帖という例外っぽい部分だけが、ちょっと長編小説している感じです。

一方、「宇治十帖」については、ほぼ完璧に長編の小説として連続しています。めちゃくちゃ、構成が考えられて書かれています。
特に、「浮舟」から後の「蜻蛉」、「手習い」、「夢浮橋」の流れは、凄いです。「蜻蛉」で、完全に浮舟の事後処理をして、多分、それまでの「源氏物語」だったらそこで終了していたと思うのです。
それが、「手習い」で、実は生きていましたってオイ。
それまでの「源氏物語」においては、まあ、出家が最大の苦しみから逃れる手段であり、出家が赦されなかった人も、死でなんとか苦しみの連鎖からぬけられるというのはあったと思います。
でも、そんなことでは救われない。出家してすら、「まだ若いし還俗できるよ」とか言われてしまう。
それは、物語のなかのリアルが、多分、現実に追いついた瞬間ではないかと思います。

出家しようが、どうしようが、世の中のしがらみはどうしても追いかけてくる。それは、出家した後も、俗世から離れることができない定子をみていたその時代の人たちのリアルな思いだったのではないでしょうか。
だから、「清少納言でございます」の最後の定子の最後の願い(というか空想)を最初読んだときに、あぁ、ものすごくそれはアリだなぁと思ったのでした。

多分、清少納言が「枕草子」のなかに定子の光を写したように、紫式部もまた「源氏物語」のなかに定子を写していたのかもしれない。
源氏物語の作者が、紫式部1人であっても、複数人いたとしても、やっぱり、強烈に、宮中の中心としての定子として、意識はされていたのだろうなぁと思います。

昔は、途中で終わっているように感じた「宇治十帖」ですが、今読むと、ここで終わりになっているのは、とても、意味あることだと思います。
この物語として開いていく終わり方も、「源氏物語」にはない、物語の進化です。

読書,PEACH-PITマンガ,ローゼンメイデン,清少納言,電撃コミックス,DearS,PEACH-PIT

DearS1

「清少納言でございます」を読んで、「おもろ」となって、続けて読むPEACH-PITです。
めっちゃ、少年マンガです。ちょっと昔のエッチな少年マンガのテンプレ。なんとこれが、PEACH-PITの長編連載1作目なのだそうです。

そうか、「しゅごキャラ」、「清少納言でございます」と続いて、すっかり少女マンガの人だとおもっていたけれど、確かに「ローゼンメイデン」とかもありました。
元々のデビューは、少年誌なのかな。

物語としては、美少女をある日突然拾って同居するというよくあるパターンです。美少女はなぜか、メイド属性です。
どうやら、美少女は宇宙人みたいな感じですが、どっか、ロボっぽい感じもあります。これを発展させていったのが、「ローゼンメイデン」なのかなぁという感じもしました。
マーケティングしっかりしてる感はあるなぁ。

さて、「ローゼンメイデン」では、最後にいろいろなものを見事にひっくり返すどんでん返しがありましたが、初期のこの話では、どうなんでしょう?

えっ、コレ、アニメ化も、ゲーム化もされているのか。全然、知らなかったです。

読書,PEACH-PIT枕草子,清少納言,清少納言と申します,源氏物語,講談社,BE・LOVEコミックス,PEACH-PIT

清少納言と申します9

おもしろいので、8巻終わってから一気に9巻も読んでしまいました。
最後、こうきたのは、ちょっと予想外でしたが……まあ、でも確かにそのルートは示されてた。でもでも、定子さまが〇〇〇になるという話は、メチャクチャ痺れた。

それは、アリ(笑)

全然、見てないのですが、ちょっとねぇさんの見ている「光君へ」が切れ切れに聞こえてきて、

「定子さまに、闇などありません」

という清少納言の言葉が聞こえてきて、もしかしたら、定子の光を書いたのが「枕草子」だったとしたら、定子の闇を書いたのが「源氏物語」だったのかもと、桐壷更衣=定子説を思いついて、興奮しておりました。
けっこう、ない説でもないみたいですねぇ(それでも、珍説みたいですが)。

文系の勉強が役に立つかどうかが時々論争になったりしているのですが、このおもしろさだけで、アリだと思いませんか。
その説が正しかろうが正しくなかろうが、こんな面白く素敵な娯楽が、世の中からなくなってしまうのは、やっぱり、損失だと思います。

まあ、陰謀論的ないいがかりとも言えるのかもしれないけれどね。でも、そういうミームをまき散らしていくのは、なんとも楽しいです。

読書,PEACH-PITマンガ,清少納言,清少納言と申します,講談社,BE・LOVEコミックス,PEACH-PIT

清少納言と申します8

ラストに向かって怒濤の展開です。
あと1巻。

めちゃくゃ面白くて、2024年のベストといってもいいかもしれない。
いや、このマンガ読んでこの感想書いたときは、まだ、2024年だったのですよ。