ボディ・アンド・ソウル
最初、読み始めたときは、エッセイかこれ、読みにくいとか思っていました。そして、メチャクチャ嘘くさい。
それが、フィクションの世界に入った途端にものすごい説得力とリアルさを持って迫ってくる。
なにこの人。まるで嘘をつくために生まれてきたような。
ビビった。
ピーナッツ全集(15) スヌーピー1979~1980 完全版
全集が出だしたのが2019年の10月で、割とすぐに全巻予約して、1巻目購入して読み出しているはずなのですが、1巻読むのに5年ぐらいかかってます。
今はなきイズミヤ堅田店の本屋さんで予約購入していました。
決しておもしろくないわけではないのだが、昔ほど楽しめない感じはあります。横書きだから読みにくいのか、英語がふきだしの中で日本語が欄外だから読みにくいのか。それとも、単純に年を取ってしまったのか。
10代の頃は、ものすごくチャーリー・ブラウンに自己投影していた自分がいたような気がするが、それでも、すごく身近でいつも追っていたというわけでもないので、その時期のファッションみたいな感じで好きだったのかなぁ。
わからん。
僕らよりも、ちょっと上の世代の藤子不二雄論。
僕らは、ドラえもんの連載あたりで生まれた世代なので、まさに、藤子不二雄全盛期だと思っているのですが、上の世代にとっては、ちょっと成熟しておとろえが見えてきた時期だという話は、世代によるギャップで、ビックリしました。
実感として、確かに、F氏とA氏に分かれたとき、わたしも、
「マンガによって、それぞれが完全にわかれてかいていたということを、なんで今までわからなかったんだろう」
と思ったこともあります。
自分の好みをみればF氏の作風であり、本棚を見れば藤子不二雄名義でも、F氏の本ばかりが並んでいました。
ごく普通にそこにあるものは、なかなか語られにくい。
そういう意味では、永井 豪や、松本 零士、花の24組以上に、いつもそこにあったのが藤子不二雄のマンガで、実は、いろんなことをそこから吸収しているのは、ふり返ればよくわかります。
そして、この二人がペアであったことの意味は、これを読むと少し見えてくるかもしれない。