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サンドマン 序章

「サンドマン」は、昔、JIVEから出ていたものを読んだ憶えがあるのですが、こんなに、格調高いというか、わかりにくい話だったっけ?
いや、「序曲」は、今回が初めてか。

もっと、なんかサンドマンはなさけなくて、根暗の青春みたいなお話だった記憶があるのだが……。

JIVEからでている海外コミックスは高価だった記憶があるのだが、今は、普通にその倍ぐらいしていますねぇ。
まあ、出ないよりは高くても日本語化されている方が、うれしくはあるのですが。

ニール・ゲイマン,Neil Gaiman,
柳下 毅一郎
インターブックス
発売日 : 2023-04-11

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北神伝綺

「かりん歩」。そして、ちょうど今、柳田 國男の「山の人生」も読んでいて、しかも、ラジオの「カルチャーラジオ 文学の世界」で「遠野物語を読み解く」(新谷 尚紀)を聞くという、全部全然意図していないのにというのに、「最強の繋がる楽しさ」を体験しています。

まあ、前に書いたとおり、自分の興味というのはけっこう狭いんだから、それが、ギュッと重なることは確率的に高くなるんだろうとは思いますが、なんか、不思議な感じがします。

そて、「北神伝綺」ですが、マンガ版は1回読んでいるはず。でも、こんな話やったかぁというのが、今回の感想です。
いや、前読んだときは、「MADARA」シリーズの外伝ぐらいにしか思ってなかったのかも。もっかい、マンガを読み直してみなければと思いました。
めちゃくちゃおもしろい。
柳田 國男が、めちゃくちゃ異能者です。ほぼ、そのまま「文豪ストレイドッグス」に出てきても大丈夫なぐらい。
大塚 英志のフィクション、容赦ないなぁという感じです。史実の側面を自分でわかっていて歪曲というか誤読していくみたいな。

そして、ストーリー自体は、ほぼ何にもなくて何にも進んでいないんですよ。これも、凄いな。
だいたい、柳田、けっこう怯えたりして、北神に「このことをフィールドワークしいこい」とか言っているのですが、ほぼ、真相も何もかも、お前、自分で知っているだろうという。
で、なんでそんなことを北神にさせているかというと、答え合わせですらなく、多分、「物語をそこにあらわにする」ためだけにさせています。

語ることは騙ること。
柳田が集めてきたような世間話とか、伝承とかは、多分、話されるごとにどんどん変質していきます。
もちろん、話す人の気質でも変化していく。
また、ときには、聞き手の気質によってすら話される内容は変質します。請われて話されるものがたりは、多分、聞き手にとって聞きたいことに近づいて行く。それは、聞き手が改ざんするという意味ではなくて、自然とコミュニケーションとして、話し手が聞き手にあわせて変化させてしまうこともあるのではないでしょうか。

そして、もちろん柳田は、そんなこんなことは承知していた。それでも、その話の中だけではなく、そう話されなければならなかった状況そのものにも、目を向けていこうとしていたのだと思います。
でもそうやって、語っていくことは、とても陰謀論とも親和性が高いということも、このお話は、警告しているのかもしれません。
文系の学問の楽しさって、多分のいろんな点と点が繋がって、なにかの形に見えたときにそれを発表し合う見たいな楽しさが本質にあるのだと思うのですが、たしかにそれは、とても、陰謀論と似ています。

どこからが学問で、どこからが陰謀論なのかは、わたしにはわからないなぁ。
今回、「北神伝綺」と「遠野物語を読み解く」の2つから思ったのは、柳田のなかで、その2つを分けるものというのは、「世間をよくする」かどうかだったのかなぁと思ったりしました。

それでも、フィクションとしての「北神伝綺」の柳田は「世間をよくする」ために、山人を滅ぼすことに加担したりしているし、「遠野物語を読み解く」の方でも南方 熊楠の「猥雑なものの民俗」を否定した話がでてきていました。
やっぱり、人にとって「世間をよくする」は、いろいろ違いがある。

まあ、柳田が「山人」の研究から離れたのは、単純に、興味が移ったというのが多分本当のところだと思います。

いや、この「北神伝綺」は、兵藤 北神の話ではなくて、柳田 國男のお話なんだなぁと思います。

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栗本薫・中島梓傑作電子全集9 エッセイ

マンガ青春記

マンガの記録というよりは、栗本 薫の青春記という感じですねぇ。
マンガ家になりたくて、そしてなれなかった女の子の物語。

ところどころ、わかるなぁと感じるところもあるし、爆笑してしまうところもあります。まあ、うらやましかったりするところもある。結局、けっこう裕福な家で大事にされて育ったんだなぁというのもわかるしね。

息子に夢中

息子が産まれたエッセイ。そして、その子も今や40代ぐらいとか考えるとなんというか時の流れは凄いなぁと。

1歳から2歳ぐらいまでかな。そして、そういいながら、あんまり育児エッセイな感じはしないです。
どっちかというと、「わたしは、やるぜ」みたいな決意表明と、親になってわかったことがあるという感じのお話です。わたしは、変わったみたいな。

いやそれでも、「親になってわかったことがある」はあんまり強調しすぎると、自分が親であることの優越感に簡単に変わるし、どうなんよという感じはします。
そして、今まで割と散々、「経験しないとかけないなんてあり得ない」とか、自分でいってなかったかと……。
まあでも、栗本 薫の場合、どれもが本気なんだろうなぁとも感じる。

そして、エピローグ的にめっちゃ盛り上がった後に、突然、私小説が始まるという謎展開。
はじめ、別の話になったかと思って、いったん読むのをやめようかと思ったのですが、その後に、「息子に夢中」のあとがきがはじまります。
まあ、なんでここに入れたかは、なんとなく意図はわかるんだけども……。
しかし、夫と本人も、酷え……という感想しか、わたし出てこないです。えーと、嫁が妊娠出産している間に浮気しているカップル。そんな男、信用できるか。まあ、本人たちがよければそれでいいのか。
まあ、優しさは後ろ暗さの裏返しのような気もします。

その後、子どものプライバシーということを考えて書くのはやめたというのは、正しい判断だと思います。
うーん、西原さんのところを見ても、なかなか、思春期の子どもは難しい。

アマゾネスのように

前半の怒濤の仕事話から、後半の怒濤の食事話に(笑)

えーと、基本、病人って、食事しか楽しみがないみたいだなぁというのが良くわかる。
そして、それにひっぱられたように入院が終わってからも食事の話が続きます。

とりあえず、元気になってめでたしめでたしな感じで終わります。

がん病棟のピーターラビット

「続・私闘学園」に続いて、本棚整理をしながら、Kindleに読んでもらいました。
この「がん病棟のピーターラビット」から後は、そんな感じです。まあ、軽い内容ではないのですが、エッセイなら読み飛ばしても大丈夫かみたいな感じがあるのは確かです。
逆にこれが、栗本 薫の小説だったら、そういうことは多分、絶対にしない。というか、そんなことしたら、まったく書いている内容がわかんなくなると思います。

食事の話は、紙の本で読んだのを覚えていた。
まあでも、テレビもみなくて、暴飲暴食をしなくても、飽食と贅沢のの申し子みたいな人ではあるなぁと。

基本、凄い良いところのお嬢さんで大事にワガママに育ったのが伝わってきます。

なんか、「わたしは気にしない」とあえて言っているところは、実はメッチャ気にしているところなのかもしれないと、ちょっとイジワルに思ってしまう。

転移

テンションは、「息子に夢中」、「アマゾネスのように」、「がん病棟のピーターラビット」、「転移」と、どんどん元気が落ちていっているのがわかるのは、ちょっと辛い。

文章も、なんというか、はりつめたところがなく、盛り上がりもない感じです。エッセイで盛り上がりと思うけれど、中島 梓のエッセイって、どっかでなぞの盛り上がりがあるだけれど、それがなかった。

というか、多分、本当に体がしんどい状況で、書くための粘りみたいなものも、ごっそりなくなって、それでも書いていたんだろうなぁと。

お母さんとの一節は読みながら、

「でも、あなた、お母さんそっくりで、お母さんそっくりの配偶者を選んでるじゃん」

という印象をうけたのですが、どうなんでしょうねぇ。
わたしは夫を優しくなるように育てて、母親はただただ優しい人に甘えただけだったというのは、ちょっと認識がズルいと思う。

まあ、人がズルいと思うところは、多分、羨ましいと感じているからで、わたしも、そういうところが羨ましいと思っているんだろうなぁと思います。

エッセイは、自分のことばっかりかいてあって、お前なんかに興味ないみたなことがかかれていますが、いやそれ、キミが言うなやという感じはちょっとします。

弥勒

私小説みたいな感じ。
コレ読むと、あぁ「レダ」も私小説だったんだなぁと。
というか、いつでも、「何者かになりたい自分」と「何者でなくても無償で愛されたい自分」と「何もかであるという自負心」とが、いつも、メチャクチャ、葛藤していたのがわかる。

その葛藤の大きさは、本人にしかわからないのだけれど、まぁ、そんな悩みなんて、みんなあるよとも思う。
でも、それも認められない。自分の悩みは、「特別な選ばれたる者の悩み」であって欲しいというのもあるかなぁ。
まあ、純文学とか、私小説というのは、そういうものですねぇ。矛盾しているん誰度、「自分だけが…」とい共感を読者に持たせることができる。
その意味で、どれぐらいの年代でこの話に触れるかというのは、とても大事な気がします。
わたしにとっては、ちょっと遅すぎたかな。

大きなストーリーはなくて、ひたすら自分の内面だけをえぐり取ってくるみたいな感じで書かれています。
でも、結局、このめんどくさい、救いなく般若の知恵だけを持ってしまった小さな女の子は、ママはそれでも自分のことを愛していたと救われて往生したんだなぁと、「転移」まで読んで思ったりもしました。

ラザロの旅

「弥勒」よりも前に書かれた私小説。
テーマは、同じく「選ばれし者の恍惚と不安二つ我にあり」みたいな感じです。

まあでも、そうやってひたすら自分に沈んでいけるというか、浸れる者だけが、本物になっていくのかもしれません。
もちろん、浸った結果、ダメになる人生が、その周りに100億倍ぐらい死屍累々とあったうえで。

鎌倉殿の妻

高校の文芸部の作品。
まあ、普通に商業誌の小説として成立しているよねという。

それだけで、おもしろさがあるかというと微妙ではあるのですが。

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ディエンビエンフー・プレス4 完全版

「ディエンビエンフー」があるので、ぼくはマンガ家であるけれど、本質は芸術家みたいなインタビューが載っている4巻目。
でも、「ディエンビエンフー」は、芸術的で、文学的でもある。そして、絵は描けてないけれど、大友 克洋や岡崎 京子のドラマツルギーを誰よりも継承している。
そして、リア充。だからこそ、そこら辺の奴よりも、傷つきやすくて……。

いやな感じと思うのだが、わたしがおかしいのか。

日向武史,読書あひるの空,マンガ,文学,日向 武史,講談社,THE DAY

あひるの空50 FUTURE IS NOW

これで、最終巻で、「THE DAY」からは1巻にもどる。といいながら、あんまり最終巻的なところはなかったです。

うーん、作者の中だけの区切りという感じかなぁ。

好きなんですが、ちょっとエンタメよりも純文学によってきている感じもします。
いや、マンガなんだから、文学ではないんですが。