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アラベスク2 第1部2 完全版

まあ、完成されすぎていて伸びしろがないというのは、完成されている人からしたらどういう評価なんだと思いますよねぇ。
指導者の立場から見たら、完成されている人を表に出しても評価されないが、完成されていない人が伸びれば指導者の評価は高くなるということも。
もしかしたら、そこで完成していない方を選びがちな指導者というのは、自分の指導力とか、見立ての正しさを評価して欲しいタイプの人なのではないかとも思ってしまいます。ゲスな話ではありますが……。
まあ、完成している人を選ぶ指導者は、無難で冒険しない人ということにもなるんですけどね。
どっちにしろ、選手には関係ないところで、いろいろなタイミングで物事は動いているのかもしれません。

そして、とてもタイミングが良ければ、花開くことができる。今回のノンナの様に。

そして、これ、ウクライナの話なんですねぇ。まあ、ソビエト連邦の時代なのですが。ソ連として知っていることは、けっこう、ウクライナの話や文化であることが多いですね。

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アラベスク1 第1部1 完全版

悪役っていないんですよね。それは、「日出処の天子」でも感じていたことです。
まあ、コンプレックスが悪になることはあっても、それは実は、優しい親友も、主人公自身も、同じだったりする。
そして、ライバルが、けっこうそれ以外のところでは、けっこういい人だったりする。

今読んでも、やっぱり古くなっていないなぁと思います。バレエの進化とかはわからないので、内容的にどうかは分かりないですが、人間ドラマとしては、まったく古くないです。
というか、ちゃんと時代を切り取ったお話として、成立していると思います。

そして、まあ、「アラベスク」は長いのですが、その次が「日出処の天子」なんですよねぇ。
「アラベスク」の硬い絵柄から「日出処の天子」のやわらかい絵への変化も、凄いなぁと思います。

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日出処の天子7 完全版

全ての種はまかれていて、もう、そう育つ以外には選択肢がないという、そういう運命論的な物語なのかなぁと思ってしまいます。
この人間ドラマを、古代史というか聖徳太子という題材をかくのにもってきたというのが、山岸 涼子の凄さです。

でも、この物語が種として作者の中にやどったときに、もう、そうにしかなりようがなかったのかもとも思います。

ということで、最終巻。
そして、「馬屋古女王」。

最初、「花とゆめコミックス」の「日出処の天子」の単行本が、メチャクチャ薄かったのを憶えています。
あの時、白泉社では、「馬屋古王女」の後半をかき直さないと雑誌に載せない、いやかき直しはなしないみたいなことがあって、山岸先生と決裂、その後、角川から完全版が出たみたいな話だったかな。
そして、もともと、最終巻に入れるはずの「馬屋古女王」が入らなかったために、最終巻は、メッチャ薄かったという……。
まあ、本当かどうかはわからないのですが、なんか、そんな話だったような。
あの時代って、少女マンガの評価が、うなぎ上りの時代だったと思うのですが、それでも、そんなことがあったんだと思うとちょっと、ビックリしますねぇ。

でも、「日出処の天子」との対比として、そして、すべての痕跡を消し去る「日出処の天子」の完結編として、やっぱり、「日出処の天子」に続くこの形で掲載されることは必要だったんだと思います。

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日出処の天子6 完全版

すごいなぁと思うのは、まあ、キャラクターとしてはみんなそれぞれにかわいらしいんですよ。
毛人をはじめとして、刀自古にしても、河上娘も、大姫も、布都姫も 。悪役の大王すら。そして、厩戸すらも。
みんな、愛すべき人たちであるのに、誰一人として幸せになれないという。

なんというか、山岸 涼子の張った蜘蛛の糸から、だれからも逃れられない。その愛らしさでもがけばもがくほどドツボにハマっていく。

すごいお話です。

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日出処の天子5 完全版

あぁ、この天地すらも動かす力は、多分、後に「夢の碑」の「風恋記」なかでかかれている力と同じものではないだろうか。それは、マネとかではなくて、物理的な真理を記述したらだれでも同じになるようなもののような気がします。
ただ、一緒になるためには、この世からは去らないといけない。それも、真理の一部かも。