子どもを変える通知票 向山の評価・評定の原則 教え方のプロ・向山洋一全集40
各学校で、それぞれ詳しいそれぞれの通知票を作り出したのが、たしか20年ぐらい前かな。
そして、これつにいて、ここまで言っていいのかという本音が、書かれております。ぶっちゃけすぎです(笑)
まあ、評価なんていうのは、手間がかかってと責任が重い割に、いいことないもんだと思いますよ。基本は、子どものためではなくて、自分の動きとか、そうことのために評価しているということを、教師はしっかりとわかってないといけないですよねぇ。
各学校で、それぞれ詳しいそれぞれの通知票を作り出したのが、たしか20年ぐらい前かな。
そして、これつにいて、ここまで言っていいのかという本音が、書かれております。ぶっちゃけすぎです(笑)
まあ、評価なんていうのは、手間がかかってと責任が重い割に、いいことないもんだと思いますよ。基本は、子どものためではなくて、自分の動きとか、そうことのために評価しているということを、教師はしっかりとわかってないといけないですよねぇ。
スクールカーストの問題って言うのは、もう、ずっとある問題だと思う。
わたしは、割といつも集団からドロップアウトしていたりすることが多いので、そのときの切実さというか、つらいのはわかる気がします。
「いじめ」は絶対にダメで、でも「いじめ、いじめ」と外からわかったような非難をしている人は、自分がそのいじめに加担をしていることすら理解できない。いつも、下ろされている正義の鉄槌で、その下で何人もの人が死んでいく。
そんな人たちには至ることができないところのことを、西原 理恵子は、かこうとしている…と思う。
子どもの世界は、悲しいほど狭い。当に、小学生や中学生にとっては、学校だけが世界だと感じられるから、今とりあえず、逃げろというのは、大切かも。
今生き延びないと未来だってないからね。
「ああ生きてて良かった」と思える人生は、きっとあるよ。
そう、伝えたい。
シャムの双子の話「ふたりのジャン」とか、堕胎の話「その子を殺すな!」とかは、子どもの頃に読んだトラウマレベルの作品で、未だにしっかりと記憶に焼き付いています。
小学校中学年から中学校時代ですよねぇ。
でも、あれぐらいの年齢でふれておいて、ちょっとは物を考えるようになったんだと思います。だから、出会えてて良かったんです、きっと。
場末のゲーセン。懐かしいな。
いやいやいや。わたしの格闘ゲームは、スーファミの「ストリートファイター2ターボ」だし、その頃は、もう大人だったし。
ゲーセンに行ったのは、それから、バーチャ時代までだし。
小中学校時代は、ゲーセンというより、バッティングセンターだったし。駄菓子屋の前にあったのは、インベーダーゲームや、ギャラクシアンだったし。
それでも、この風景は、懐かしい。微妙に全部混ざって、多分、記憶自体がねつ造されていると思うんだけど、これこそが、自分がたどってきた時代を切り取ってくれているような気がする。
多分、それは、このお話が、ものすごく限定された時代のものでありながら、どこか普遍的なところがあるんだと思います。
なにかに夢中になって、多分、世界から浮いている自分。そして、はみ出した自分を受け入れてくれる避難所のような場所。
最近は、全くといっていいぐらいゲーセン行ってないな。でも、行ってみても、あのアジールみたいな空間は、そこにはもうない。
そういう意味では、これ、喪失の物語なのかも。
ヒロインがしゃべらないラブコメ(?)も、なかなか素敵です。
小学校時代、マンガから卒業した従姉からもらった膨大なマンガの中に「七つの海 七つの空」と「エル・アルコン-鷹-」があったはずなので、これを読んだのは、多分、小学4年生位だと思います。30年ぐらい前ですねぇ。
「エロイカより愛をこめて」は、もう読んだことがあったけど、イマイチおもしろさはわかってなかったのです。
多分、1話だけ読んでたんだと思います。
そのせいで、これもはじめは敬遠していたのかな。でも、読んでみたら「七つの海 七つの空」は、夢中になって読みました。食わず嫌いは、本当にいけませんね。
これ以降、青池 保子を読むきっかけになった1冊です。
で、「エル・アルコンー鷹ー」は、さらにおもしろかった。
少女マンガにも、男の子が読んでワクワクするようなストーリー性の高いものがあるということに気づかせてくれました。
その感じがあったので、今読んでたら、そのイメージをつぶしてしまうのではないかと心配していたのですが、今読んでも、この分厚さで、あっという間に読めてびっくりした。
そして多分、昔より今の方が楽しめていると思います。