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7月16日(土)、7月のおてばんに参加してきました。

遊んだゲームは、

「12星座ゲーム」
「カタンブック 西部へ」
「アフリカ」
「ゲシェンク」
「ラー」

やっぱり、ゲームになれていない人に勧めるとなると、クニツィアかなぁ。

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エリプソ

いよいよ、現代玩具博物館の中へ入ります。

現代玩具博物館においてある玩具は、基本的に現在でも手に入れることができるおもちゃなのだそうです。
ただし、日本の一般的な「おもちゃ屋」さんでみかけるようなおもちゃは、おいてありません。

日本のおもちゃの平均寿命は、3か月だといわれています。
テレビゲームなんかのソフトを考えると、とっても、よく理解できると思います。なた、おもちゃそのものはロングセラーでも、キャラクターをつけて売ると寿命が短くなってしまうということも、あるのだと思います。
現代玩具博物館においてあるおもちゃは、そういった「使い捨て」のおもちゃではなくて、しっかりと作られて、長年愛されてきたおもちゃばかりです。
ということで、現代玩具博物館のなかでみられるおもちゃは、日本の売れ筋おもちゃではなくて、ヨーロッパの木のおもちゃなどが、多いわけです。

ヨーロッパの木のおもちゃ。もちろん、わたしたちのネフ社の積み木、おもちゃも、たくさんおいてありました。

おもちゃは、展示ケースのなかに展示されています。

さて、わたしがこの日、どうしても見ておきたかったおもちゃは、「エリプソ」です。
相沢康夫さんの「まだ好き… 続・絵本とおもちゃの日々」で、1番目に紹介されているこのおもちゃ、積み木でないのですが、めちゃくちゃ気になっていたんですねぇ。

相沢さんが、はじめて会って惹かれたネフということもありますが、なんか、記憶にひっかかる。わたしも、以前にこれをさわったことないか??

ということで、館内で「エリプソ」を探します。現代玩具博物館自体は、それほど大きい建物ではないのですが、本当に、たくさんのおもちゃが展示されていますから、見つかりません……。

しかたがないので、館のスタッフの方に聞いてみることに、

「えーと、ネフのおもちゃで……、なんかこう、クネクネっとしたやつ……」

名前をすっかりわすれているので、説明できないという……。

「こう、斜めに斜めにくっついててね……」

「えーと、ジェバですか?」

ジェバというのは、イモムシくんの木のおもちゃです。あとでしったことですが、これも、エリプソと同じデザイナーの作ったおもちゃなのだそうです。

「名前は、そんな感じじゃなくて、エスプリみたいな……」

微妙に違っています……。
でも、それで、

「あぁ。わかりました」

と、ちゃんと、エリプソを持ってきてくれました
そう。ここのおもちゃは、展示ケースのなかに入っているのですが、さわりたいといえば、なんとケースから出してさわって、遊ばせてくれるのです!!!

もってきてくださった館のスタッフの方は、

「これ四角になります。三角にもなります。丸にもなります……」

す、素晴らしい。いきなり持ってきて、それができますか……。さすが、おもちゃへの愛が違います。

さらに、エリプソ2つをつなげて、ネックレスにできることとか、いろいろなことを教えてもらって、さわらせてもらって、遊ばせてもらいました。

ツートンカラーで、見たときは、ゴムみたいなものでてきているかと思っていたのですが、木でできています。木の断面が斜めになっていて、そこが斜めにカットされているというだけで、本当に、いろいろな形ができるのです。

こ、これ欲しい……。
積み木じゃないけど、やっぱり素敵なネフ社のおもちゃです。

はっと気づいて、まわりを見ると、ゆうもあのスタッフは……。

えーと、木のパズルにはまる人。
これは、何種類もあって、おぼえているのは、「ルミ」みたいな木のパーツを積み上げていって、きれいな直方体をつくるパズルとか、棒が3本あって、丸太を棒から棒へ移動させるだけど、丸太はかならず大きい順番におかなければならないというパズルとかでした。

それから、あこがれの人形をもっておられるお母さんなど。
えーと、なんていう人形だったかな?1つ1つ手作りで、とってもお値段的に高い人形なのだそうです。
でも、人形の作者の方は、ケースにいれて飾られる人形ではなくて、子どもの大切な一生の友だちとして、子どもといつも一緒にいて欲しいと願って作っておられるのだそうです。
お値段だって、「一生のお友だち」だと思えば、けっして高価ではないのかも。

そして、博物館を闊歩する本当に生きているように動く、ダチョウ(?)のマリオネット。
これは、ゆうもあスタッフがその場で、2人も買っていました。この2人は……と思っていると、さらにもう1人、別便でいったスタッフも買っていたという……。

それぞれが、それぞれのツボにはまるおもちゃがあったようです。
きっと、自分が「コレ」と思うおもちゃが見つかるところだと思います。

わたしは、とうとう、エリプソを自分で購入してしまいました。
もちろん、2つ(笑)

というわけで、この日から、全部つながって、今がありますね。

ザビエル・デ・クリップレー,Xavier de Clippeleir
ネフ社,naef
発売日 :

おもちゃ日記,お店,お店訪問,ボードゲーム,ボードゲーム日記おもちゃ,そっとおやすみ,ぱふ,ぱふ・草津店,ゆうもあ,ゆうもあゲーム会・大阪,ゆうもあゲーム会・草津,アングーラ,キーナーモザイク,ゲーム会

10月6日(水)、「ぱふ・草津店」に行ってきました。
「ぱふ・草津店」の営業時間は、午後7時まで。わたしの仕事場は、まあ、5時過ぎでいちおうは終了なのですが、その後、まあ延々と人が残っていることも多いです。
この日は、6時ぐらいに仕事場を出て、「ぱふ・草津店」へ。

仕事場から「ぱふ・草津店」までは、10分ぐらいです。
宇治店までは、40分~50ぐらいかかります。そして、宇治店は、6時閉店ということで、仕事終わってから、猛ダッシュして、かなりギリギリになってしまいます。いえ、何回かは、そうやって行ったことがあるんですけどね。

草津店は、そういう意味では、とっても行きやすい環境にあります。

といっても、本屋さんのように入り浸ってるわけではありません。
やっぱり、おっちゃんには、あのお店の雰囲気というのは……いや、大好きなのですが……周りに違和感をまき散らしているのは否めません(笑)
まあ、店長さんに、いっつも長時間お相手していただくというのも、楽しいですが、心苦しいところです。

ということで、購入とかの目的があるときとか、「ゆうもあゲーム会・草津」の待ち合わせ(オイオイ!)のときぐらいしか、実は、「ぱふ・草津店」には行ってないのです。
絵本が、宇治店並にあれば、また、違っているような気もしますが……。
でも、草津店は、おもちゃ……というかゲーム(と積み木)中心に展開していって欲しいというのもありますし、スペースがあれだけ限られたところなので、まぁ、微妙なところですね。

で、そんなわたしが、なんで平日の夕方に「ぱふ・草津店」に行ったかといいますと、実は、「ゆうもあゲーム会・大阪」に出席したときに、「ぱふ・草津店」におくチラシをもらってきたからです。

なんのチラシかというと、「ボードゲーム・シンポジウム」です。
なんと、木のおもちゃ屋さんから、輸入ボードゲーム屋さん、数少ない国内のボードゲームメーカー、ゲームデザイナー、輸入おもちゃ屋さんなどなど、豪華なメンバーが、日本におけるボードゲームの普及、販売状況についての現状や課題について、お話をしたり、議論を交わしたりするというイベントです。
メチャクチャ、興味深いですねぇ。
これに、「ぱふ」の代表の岩木さんも、スピーカーとして参加されるということで、チラシを「ぱふ・草津店」にも、おいていただくことになっていたようです。

さて、ついたのは、6時15分ぐらい。
さっそく、チラシをわたして、用事が終わったので退散……するわけがない(笑)

店長さんに、岡山の現代玩具博物館に行った自慢話をして、

「岡山まで行って、こういうワザを覚えてきました」

と、ネフスピールと、アングーラのワザの披露を。

これは、そのうち、「現代玩具博物館」に行ったときのレポートに書く予定ですが1、「現代玩具博物館」では、おもちゃツアーと題しまして、おもちゃの紹介のパフォーマンスがあるのです。
そして、そこで、ネフの積み木のパフォーマンスを見せてもらったのです。

もう、華麗でびっくりするようなパフォーマンスなのですが、見たらやりたくなるのが、人の常。

もう、忘れてはいけないということで、岡山の「現代玩具博物館」にいる間から、いくつかの技を練習していたわけですね。
そのときは、だいぶんとでこねぇさんに、協力、アドバイスをいただいたわけですが、家に帰ってからも練習して、とうとう1人で出来るようになったのです。

さあ、出来るようになったことは、やっぱり、人前でやってみよう!!

ということで、いろいろなところで、子どもに見せております。
あのパフォーマンスの足元にも及ばないたどたどしさなのですが、それでも、子どもたちは、喜んでくれて嬉しいです。

で、この前の「ゆうもあゲーム会・草津」では、積み木にはまっておられるお母さんがおられたので、さっそく見せに行ったら、もう別のスタッフがやっていた後でした……。2
みんな、出来るようになったことは、見せたいという……。
それが、ちょっと、悔しかったらしい……。

ご披露したの1つ目は、ネフスピールのパタパタ落ちの応用みたいなヤツです。
パタパタ落ちは、キレイに色をならべて落とすと、2色・2色の2つにわかれて落ちます。

「では、4色を別々に落とせないか?」

ということで、開発(?)された技です。
これが、また、パタパタと落ちて、見事に4色にわかれるんですよ。
このあたりは、実際に見て欲しいですねぇ。「ネフスピール」欲しくなりますよ。

それから、もう1つは、アングーラの1番長い棒をブリッジにのせて縦(くの字型)において、その上に、残りを全部のせてしまうという技です。
これも、見た目、インパクトありますよ~。

で、

「これは、どうしても上手くいかなのですよ」

と、もう1つの技の話をすると、

「それは、わたしの得意技です」

と店長さん。
その技は、アングーラを交互に、虹みたいに積んでいって、1番下の正方形のピースを抜くと、ザッーと落ちて、2つにわかれるヤツです。

これは、見た目簡単そうだということで、向こうでも練習しなかったのですが、実は家に帰ってからやってみると、けっこううまくいかないんです。
コツがわからん……。

ということで、店長さんにお手本と、コツを教えてもらいました。
でも、やってみたけど、けっこう微妙で、上手くいきませんでした。

ぱふ・草津店では、ネフスピールは、なぜかけっこう売れていて、4つか、5つぐらい強気の入荷なそうな。
無理もない。というか、それは、無理のない選択だ(断言)

あと、もうすぐしたら、ネフスピールとアングーラでつくったクリスマスツリーを飾るとか言っておられました。
これは、「みんなで遊ぼう」さんの日記の方に写真がアップしてありました。たしか、でこねぇさんは、これで、アングーラとネフスピールのセット購入を決めたという話が……。
でも、見本が1つしかないので、飾ると遊ぶのがなくなるとか……微妙だな。

クラスマスツリーは、

「実は、あいだにですね、キーナーモザイクを入れて飾り付けしていくんですよ」

とのこと。
宇治店では、キーナーモザイクの見本があるから、そうやって、飾っていたそうです。
それは、わたしが次にキーナーモザイクが欲しいなぁと思っているのを知ってのうえでのお言葉ですか?

な、なんて、上手い、トーク(笑)店長さん、いつも、ニコニコされていますが、実は、鬼…いや、虎かもしれない。

クラーセン3の作品だけの写真集とかあって、とても、キレイなんだそうです。高いそうですが……。

あと、

「ダイヤモンドは、注文して1年ぐらいしないと入らないんですが、もうすぐ、入荷するんですよ」

と言っておられました。これは、ゆうもあの仲間たちに知らせておかねば(笑)

ゲームの方は、新しい「ぱふ通信」に、なんと「6ニムト」のことが載っていて、売っているのかと思って見てみたら、

「近日、入荷予定です。」

なそうな。どうやら、メビウスでも、エポックでも、ないようです。

「興味がおありでしたら、1つ取り置きしておきますが?」

商売上手だ(笑)

「すいません。家に、3つぐらいあります…」

というか、「そっとおやすみ」、「人狼」と一緒に、ポーチに常時、入っているという。
なんか、どんなゲームなのか気にしておられたので、ちょっと出して遊んだらよかった。
↑ 心苦しいとか書いていたのは、どうなった?

あと、ダンシングエッグは、2ついれたら、

「あっという間に、ゆうもあの方が買って行かれたのですよ~」

ということで、なんか、4こか、5こぐらい入荷していましたぞ。
誰ですか、

「できるだけきれいなパックのやつ」

とか言って買っていったのは(笑)
あいかわらず、店長さん、ちょっと口軽い。
わたしの「セラ」の話も、広まってるしな。しかも、間違って広まってます。一緒にいたあれは、妻ではなくて妹です……。

まあ、あと、いろいろ、知り合いに無茶な購入をしたカップルがいた話とか(心当たりのある人がいるはずだ)…。そんな話をしてきました。

はっと、気づくと7時15分。
この店、お客さんがいる限り、

「閉店です」

って言わないんですね。
実は、いっつも、7時すぎごろ、店の前を通っても、だれかお客さんがあると開いているという……。

なんかやっぱり、誇りを持って好きなことをしている、好きなものを売っているという感じで、よいですね。

さて、この日は、めずらし、なんにも買わないで帰ってきました。
えらいでしょ(笑)
これは、めずらしい。まあ、お店的には、かまうだけかまって買っていかないダメなお客ですけどね。

え?ダイヤモンドの予約?……してませんって。
でも、12月までにキーナーモザイクを購入する予定は、ついてしまったかも(爆)

  1. 時間が思いっきりメチャクチャですね []
  2. そして、当然のごとくこのレポートもまだですね。 []
  3. セラとかアングーラとかキュービック、ダイヤモンドなどの積み木をデザインした人です []

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ビーバーバンデ

えーと、電車のなかで爆睡して、会場の西区民センターについたのは、午後3時をすぎてからでした。

着いてみると、まあ、けっこうスタッフいるじゃないですか(爆)
まあ、楽しいから来たので、いいんですけどね。
というか、よかったよかった。遅れても、充分、大丈夫だったようです。

まあ、午前中は、一般参加者の方は少ないので大丈夫だろうと思っていたのですが、午後からは、ちょっと心配していました。

「おっちゃん、遅いやーーん!!」

と、この日も、子どもたちは元気です。
幼稚園の子が、持ってきたゲームは、「ビーバーバンデ」

好きなんですが、けっこう遊ぶ機会の少ないゲームです。

「きみは、足し算は、出来たかい?」

幼稚園では、ちと辛いかも……。と思ったのですが、

「そんなんできるに決まってるわ!」

という元気いっぱいのお答え。

「2人でするの?」

「2人に決まってるでしょう!」

いやまあ、他の人たちのゲームは、はじまっているわけですから、必然的に2人なんですけどね。

「じゃあ、ルールわかる?」

「そんなん、知らんに決まってるわ!」

小さい子って、いろんなことが「決まっていて」たいへんですねぇ(笑)

ということで、インスト。

  1. 4枚カードならべて、1番端っこだけ見てもいい。
  2. カードは、山札から引いてもいいし、捨て札の1番の上のを持って行ってもいい。ただし、捨て札は、数字が相手から見えている。
    特殊カードを引いたら、見せてね。
  3. 4枚のカードの数字が小さくなって、相手に勝てると思ったら机をノックする。
  4. オープンにして、点数を比べる。点数の少ない方が勝ち。ただし、4枚のなかに特殊カードが入っている場合は、かわりのカードを山から引いてこないといけない。

これぐらい。
この説明の中の「特殊カードを引いたら、見せてね」というのは、けっこういい小さい子にはいいインストだと思います。

で、さっそくプレイ。

いきなり幼稚園の子、「カード交換」の特殊カードを引いています。

「相手のカード1枚と自分のカード1枚を取り替えることが出来ます」

まよった末、わたしの端っこのカードと自分の真ん中あたりのカードを入れ替えました。

わたしの端っこのカードは、1番大きな数字の「9」だったのだよ。
しかし、自分の端っこのカードと変えなかったということは、両端は、それなりの数字だったのかな?

ということで、わたしは、山から引いて、くれたカードと交換。

「うぉ。『0』やんか!」

「えーーっ!」

悲鳴が上がったので、ルールは把握できているようです。
ゲームが進んで、なんと、自分が「0」のカードと「9」のカードを交換してしまったことが発覚。
次に「交換カード」を引いてきたとき一言。

「ねぇ、これ、絶対、交換しないといけないの?」

えーと、そういう細かいことは、ルールで確認。

「特殊カードを引いたとき、望むならば、特殊アクションを行うことができます」

「しても、しなくても、いいみたいです」

その後、この子は「交換カード」を使わなかったという……。

というか、けっこう秘密主義なので、捨て札と交換するのもイヤみたいです。

「だって、みられたら、取られるもん!」

まあ、一理ありますね。

「勝つまでやるに決まってる!」

ということで、3回目ぐらいに勝って、5回目ぐらいに解放されました。
ほっといたら、あと、3回ぐらいは、やっていたと思います。

まぁ、軽いゲームで、けっこうオススメなので、気に入ってもらえてうれしいです。

モンティ・スタンブラー,
Monty Stambler
Amigo
発売日:
 

 

安房直子,読書きつねの窓,さんしょっ子,だれも知らない時間,てまり,なくしてしまった魔法の時間,シルクロードシリーズ,ファンタジー,マンガ,ラー,偕成社

なくしてしまった魔法の時間 安房直子コレクション1

「ゲイルズバークの春を愛す」で、結構、味をしめたので、読んですぐの感想を書いています。

といっても、大好きな安房直子の作品集ですから、それがなくても、しっかりと1つずつ書いているかもしれません。

安房直子の作品を意識したのは、中1のときに廊下に飾られていた中3の人の描いた絵でした。
多分、その頃、中3の最後には、ポスターカラーで、「課題なし」の絵が描けたんだと思います。

「課題なし」。なにを描いたって自由なんです。
もー、アイドルの顔から、マンガのキャラクターまで、メタクタの無法地帯です(笑)
特に、わたしたちが中1の時の3年生というのは、もう、本当にワルい人たちばっかりですから、すごい出来(笑)さすがに、ヌードはなかったけれど、けっこう、きわどい水着とかは、あった記憶があります。

まあ、放課後の3年生の廊下を歩いて、

「いいなー。俺らも、好き勝手に絵を描きたいよな~」

なんて言いながら、絵を見て回っていたわけです。

その中に、1つ。
忘れられない絵がありました。

それは、縦長のキャンパスに描かれた作品でした。
青紫色の霧のような不思議なひしがたの窓。
その窓のむこう側には、花束を抱えた1人の髪の長い女の子。顔は、大きな麦わら帽子の影になって見えません。

扉の横には、詩のような言葉。

桔梗の花で 指を染めて
その指で 窓をつくると……

絵の題名は、「きつねの窓」でした。

そのとき、なにか記憶の底から、

「このお話、知ってる…」

と訴えかけるものがあったのです。

それから、毎日、3年生がいなくなるのを見計らって(1年生が3年生の教室のある廊下を歩くなんて、怖くて出来ないような中学校でした)、その絵を眺めに行っていました。

どこで、「きつねの窓」なんて話をしったのか?
多分、小学校時代の教科書だと思います。
ただし、わたしの教科書ではなくて、おそらく兄貴がもっていた教科書に載っていたようです。

子どもの頃にすり込まれた好みと、大人になってから出来上がった好みとがあると思うのですが、安房直子は、こうやって、子どもの頃にすり込まれた好みです。

心にトゲとしてひっかかっていた、「きつねの窓」、「夕日の国」、「小さい優しい右手」、「北風の忘れたハンカチ」といった話が、実は同じ作者の作品だと知ったのは、なんと大学の時に、児童文学の講義をうけたときでした。

好みの話っていうのは、確かにあるのですが、ここまでひっかかっていた話全部が、同じ作者だとは思ってもいませんでした。
しかも、話自体は、よく覚えているのに、いつ読んだのか?どうやって読んだのか?だれかに話して聞かされたのか?ということは、まったく覚えていないんですね。

大学になって、安房直子の名前を知って、作品を読みあさりました。
でも、そのころには、そろそろ絶版になり始めていたりして、なかなか、読めない作品も多かったです。

ずっと、安房直子の全集が出ないかなぁと思っていたのですが、偶然、復刊ドットコムで、この安房直子コレクションが、出ていることをしりました。

けっこう、経済的に苦しいときでしたが、購入を決めるのは、速かったです。

日本のなかで1番好きな作家。
わたしにとって、安房直子は、そんな作家さんです。

さんしょっ子

「さんしょっ子」は、ストーリーだけ追って読むと、実は、ちょっとかみ合っていない話だと思います。

でも、安房直子のなかで、大好きな人に読んで欲しいなぁとわたしがオススメするのは、この文句なしに「さんしょっ子」です。

すずなの心の中に秘められた想い。三太郎のすずなへの想い。そして、さんしょっ子の三太郎への想い。

秘められた悲しみは、透明な朝の空気のように綺麗です。

思わず、すべての文章を声に出して朗読してしまいたくなります。

ひとりでさびし ふたりでまいりましょう
見わぁたすかぎり よめ菜にたんぽ
妹のすきな むらさきすみれ
菜の花さいた やさしいちょうちょ
九つ米屋 十までまねく

本当に、欲しいと想っているものは、手に入らないもの。
子どもの頃にわたしに刺さった、安房直子作品のトゲは、多分、この作品の頃から、その物語の底に流れ続けているのだと思います。

きつねの窓

最初にも書いたように、「きつねの窓」は、安房直子という作家の印象を強烈にわたしにすり込んだ作品でした。

あとで、大学の課題として自分たちで紙芝居をつくったりした記憶もあります。
あの紙芝居は、結局、わたしの元に返ってこなかったなぁ……。

むかしは、このラストを読んで、過去ばっかりを見つめる「きつねの窓」が消えてしまったことは、主人公にとっては、しあわせなことだったんじゃないかなぁ……とか、思っていました。

でも、今の年になると、自分がこんな窓を持っていたら、やっぱり手放すことは出来ないのだろうなぁと思ったりもします。

空色のゆりいす

目の見えない女の子と「色」のお話。
これは、この本で始めて読みました。と思ったら、講談社文庫の「ハンカチの上の花畑」に載っていますか?
あれ、読んでるはずですね。
でも、新鮮な気持ちで読めました。

目の見えない子と「色」のお話は、「マスク」というライオン症の男の子の話にもあって、あれも大好きでした。

女の子が、ばら色のいすにこしかけるところ。「赤」を感じるところ。
それから、だんだんうすれていくゆりいすにすわって、ため息をつくところ。
思わず、涙が出てしまいました。

実は、その2つの場面をここに書き写そうと思ったのですが、もう1回読み返してみて、もったいなすぎるので、やめることにしました。
ここで、その短い言葉だけを読むよりも、やっぱり、物語全体を味わって欲しいと思います。

「赤」を感じるところは、生き生きとはねるような描写です。
これも、もったいなすぎるので、ここには引用しませんね。

そして、ため息をつくところは…。
けっこう切ないシーンなんです。
でもそれは、幸福な記憶というものは、どんなに薄れてしまっても人の心に残るのだというメッセージも含んでいる気がします。

そして、最後の1行まで大好きでした。

これは、わたしにとっては、あんまり印象に残らない小品という感じですね。

でも、「耳のなかにある秘密」とか、「耳のなかをのぞくと海岸が見えて」というのは、けっこう好きです。

夕日の国

この話も、作者知らないまま、いつ読んだかもわからないまま、ずっと気になっていた話です。

「きつねの窓」を探す過程で、このお話にもたどり着いて、

「同じ作者だったんだ!!」

とびっくりした覚えがあります。
まあ、ある程度、好みに一貫性があるということでしょうね。

咲子は、ルビではちゃんと「さきこ」って書いてあるのですが、自分のなかでは勝手になぜか、「さっこ」と変換されています。
このモジャモジャ頭の女の子は、けっこうわたしのタイプの女の子の原型かもしけない……。と書いて、神坂知子のシルクロードシリーズの金目のツヴィとか、大島弓子の「たそがれは逢魔の時間」の邪夢とかのことを思い出して、自分が思っている以上に本当にそうだと気づきました……。
これが、もしかしたら、原点かも(笑)

でも、今回、イラストを書いている北見葉胡さんの絵の女の子よりは、ちょっとバタくさいイメージがあります。
でも、北見葉胡さんのイラストも、ちょっと大人ぶったところがでていて好きです。

これは、子ども心になんというか、女の子の魅力を感じさせてくれた物語です。
印象に残る物語で、感動タイプとトラウマタイプがあるとしたら、これは、完全にトラウマタイプ。
最後も、けっこう「どうしようもない現実」を子どもの前に見せてくれます。

だって、作者自身がそう信じているのなら、あの描写はしないだろう~。

でも、たとえ「夕日の国」が、女の子のついた嘘であっても、その世界があって、その世界が本当に見えたことは、主人公の男の子にも、読者にも残るわけです。

作り話をしてしまう人に惹かれるのは、実は、その人のなかに「孤独感」を感じるからかもしれません。

だれも知らない時間

太鼓の練習の時間をもらうことと、壺のなかの女の子のことは覚えていたのですが、結末をなんにも覚えいませんでした。

というか、安房直子さんの作品は、パーンと印象に残るシーンが、1枚の絵みたいにあって、それ以外の部分は、けっこう残っていないこともありますね。

この話のでは、それは、壺のなかの女の子の姿です。

ときに、このカメは、すごく怖くも見えるし、すごく優しくも見えます。
「時間」そのものなのかもしれません。

雪窓

なんとなく、話としては通っていない気がします。
全部を見通してお話を作っていく人と、書きながらお話を生み出していく人とがいるのですが、多分、安房直子さんは、後者なのだと思います。

だから、ときに自分でも思っていない方に物語が転がっていく。
でも、転がっていく先をとてみ信じているのだなぁとも感じます。

雪窓の屋台のなかの手袋をした女の子。
歌うようなセリフ。
多分、何年かたてば、ストーリーは全部忘れて、そんなシーンだけが残るのです。

どうも、わたしは、フレームのなかの女の子のイメージに弱いようです。
そして、安房直子さんは、初期の作品では、小さなものの中に世界を写し取るということに、情熱があるみたいです。

てまり

これも、「小さなものの中の世界」の話だ。
そして、夢がつながっている話。

今読んだところなのに、最後の印象が残っていなくて、今、どんなだったっけと読み返しました。

ファンタジーであるのに、どこか現実と通じている。
現実と通じているからこそ、ファンタジーの部分が、ものすごく切ないです。

赤いばらの橋

小学校の時、部屋に兄貴のお古の子ども向けの世界文学全集みたいなのが並んでいました。
それから、従姉の家からもらってきた本も。

ただし、本は、新しい方が魅力がある。
ということで、自分の選んだ本は、けっこう読んでいたのですが、この手のお古の本には、全然、興味がなくて、普段は並んでいるだけでした。

子どもの頃、朝、不思議と休みの日曜日には、早く目が覚めました。6時ぐらい。
親は、休みの日は、ゆっくりと寝ていたので、起きてくるのは8時ぐらい。
で、その2時間というのは、なんというか、不思議な「秘密の時間」だったわけです。

外に散歩にいったりもしていた記憶もあるのですが、そんなときは、普段あんまり読まない本棚のお古な本を引っ張り出して、読んだものです。

今にして思うと、「小さい魔女」や、「巣立つ日まで」とか、ルナールの「にんじん」など、おもしろい話は、自分の選んだ本よりも、こっちの方にたくさんあったような気がします。

そのなかの1冊。従姉の家からもらった本の中に、「北風のわすれたハンカチ」というのがありました。
このころはまだ、作者を意識して読むということはしていなくて、これが、安房直子さんの作品であることを知ったのは、やっぱり大人になってからでした。

この「北風のわすれたハンカチ」のなかに入っていた1編です。
たしか、3編のお話が入っていたのですが、これが1番印象の薄い話です。

もう1つの「小さいやさしい右手」の印象が強すぎるということもあるのですが。

でも、この話も、「小さいやさしい右手」も、なんか、なんでお母さんがあんなにいじわるなのかが、よくわからないんですねぇ。
無条件な悪意?

昔話なら、ままははであったとか、いろいろ意地悪な理由がつけられているのですが、いっさい説明なしで、抑圧するものとしての母親が描かれています。
このあたりは、けっこう子ども心に怖かったようです。

小さいやさしい右手

これも、「北風のわすれたハンカチ」のなかに入っていました。

子どもの頃の印象は、怖い話(笑)
よく切れるカマで、右手を落としてしまうシーンが、やっぱり、強烈に焼き付いています。

だから、ラストはほっこりと暖かい「北風のわすれたハンカチ」の作者とは、違う人なのだと思っていたようです。

今読み返してみても、やっぱり、怖いです。
でも、怖いのは、魔物ではなくて、人間なのかもしれません。

「ぼくには、とってもできないな。」

そう言う魔物の心は、自分の心とやっぱり重なります。
だれにとっても、多分、そうであるように。

そして、このお話は、大人に向かってではなく、子どもに向かってこそ語られるべきお話なのだと、そう感じました。

子どものなかに、小さなトゲを残します。
そして、いつか、そのトゲのことを思い出し、深く考えるときがあるのです。

北風のわすれたハンカチ

素敵な青い馬に乗ったお客さんがたちが、メチャクチャ迷惑な人たちなので、ビックリした思い出があります。

「これは、ひどい……」

と子ども心に思ったものです。
そのころ読んでいたファンタジーは、けっこうほのぼの系が多かったのでしょう。
だから、女の子のお客さんが来たときには、とってもホッとしたものです。

ハンカチをテーブルに載せて、魔法がかかるかどうか、試してみたと思います。
もちろん、北風のわすれたハンカチではなかったので、ホットケーキは、出てこなかったのですが。

あと、きっと、このお話を読んだ後、

「ホットケーキが食べたい」

なんて、言っていたんだろうなと思います。

大人になった今は、クマの孤独がとても心にしみて理解できます。
多分、わたしは、こういうヤツです。

ここまで、穏やかではないのが残念ですが。

エッセイ

エッセイを読む機会は、本当にすくないので、こんな風にいっぱい集まっているのは、とってもうれしいです。

そして、エッセイの言葉が、ファンタジーを作ってるときの言葉と、本当に同じだということを知るととても安心します。