バッテリー4
豪と巧、ゆれる4巻目。
3巻から間があきすぎて、なんでゆれているのかは、忘れていますが。えーと、いつものセリフですがこれもまた、前巻読んだの10年以上前です(爆)
巧の球が速すぎて、捕れなくなったんだっけ?
ライバル校の子たちも、それぞれに、自身とコンプレックスを持っていて、まあ、こんな中学生はいないと思うけれど読み始めるとおもしろいな。
女の子が全然でてこないですねぇ。
でも、いいなぁと思います。それぞれ、みんなかっこいいです。青臭い感じもするんだけれど、そこがいいんだよねぇ。
絵になるお話だなぁ。マンガにすると、おもしろさは半減しそうですが、映画の俳優は、ものすごくあっていました。あの顔というか、しゃべり方が思い浮かびます。
お母さんは、映画の方がきつそうな感じですけどね。お父さん、まったく出てこないし(笑)
2巻目。
映画も、けっこうよかったけれど、本のこの丁寧なスピードに慣れてしまうと、映画は詰め込みすぎだなぁと。
その分、小説の方は、物語が動いていかないもどかしさがないわけではないのですが。
平行して、あさの あつこの「バッテリー」の2巻目を読んだりしていて、このギャップに、けっこうおもしろがっています。
あっちが、中学生で、こっちは、高校生だもんなぁ(笑)
多分、どっちもリアルだと思います。
端から見てると、「おお振り」の方が現実っぽく見えるけど、自分たちの中では「バッテリー」なドラマを生きている感じがするもんです。
しかし、ひぐち アサは、このキャラクターが、どうやって生きてきたのかという、生活臭というか、周りの人物や、家族、人間関係、そういう雰囲気をしっかり考えてかいているのだなぁとつくづく思います。
世の中には、まだまだ、面白い話書く人が、いっぱいだ~。と、思い知らされた1冊。
「守り人」シリーズが文庫になったので読み始めよう1ということで、その助走のつもりで読んだ「狐笛のかなた」なのですが、思わずはまってしまいました。
今、日本の女性作家の児童文学を何冊か読んでいます。
「西の善き魔女」「勾玉シリーズ」の荻塚 規子、「パッテリー」のあさの あつこ、「西の魔女が死んだ」の梨木 香歩。
で、荻塚 規子とあさの あつこは、子どもが読んでもちゃんと面白い児童文学をしていると思います。
でも、実は、梨木 香歩や、この上橋 菜穂子は、児童文学といいながら、子どもが読む本だとは、とても思えないのです。
それは、決して、4人を比べて、どっちが優れているとかそういう問題ではなくて、
「この切り込み方は、ある程度人生経験がないとわからないだろう」
と思わせるものが、梨木 香歩や、上橋 菜穂子にあるのです。2
「弧笛のかなた」は、ストーリーだけ追っていくと、メチャクチャ悲惨で暗い話のはずです。でも、不思議とそれは感じない。もちろん、脳天気なのではなくて、物語の1番奥のところに悲しみは流れているのですが、それでも、淡々としたそれぞれの生をかいています。
これは、上橋 菜穂子の圧倒的な文章のうまさがあって、なりたっているのだと思います。
楽しいシリーズが、これからも待っていると思うと、ちょっと幸せなりんでした。