終わりのないラブソング4
割と安定した毎日を取り戻す4巻目。
でも、二葉を嵐を襲う。
それでも、その嵐に向き合っていこうというのは、周りの人に支えられて愛されているから。
まあ、わたしらよりも1世代上の人たちの青春である「ぼくらの時代」です。
多分、わたしらは、「ぼくらの時代」よりも、「グイン・サーガ」から栗本 薫に入ったのではないかと思います。もしかすると、「トワイライト・サーガ」からかもしれない。
おそらく、「ぼくらの時代」をはじめて読んだのは、中学生ぐらいのときかなぁ。
でも、一世代上といいつつ、小学生時代から従姉の影響もあり、少女マンガなんかをよく読んでいたわたしとしては、良くわかる話だなぁというか、同世代の空気や雰囲気は、感じていたような気がします。
まあ、ねぇさんのと気があったり、話があったりするのは、この辺の教養のおかげです。
多分、これ小説読む前に、雑誌にのったマンガを読んでいるんですよ。そこで、
「笑ったね、悪党ども」
という名セリフも読んでいたし、トリックもしっていました。
いや、本当にそんなマンガがあったかどうかは、確かめようがないのですが、たしかに、このテンポや会話、知ってると感じながら読んでました。
なんだろう。なかにめちゃくちゃウェットなものを含んでいるくせに、やっていることはものすごくドライというこの感じは、まさに時代だよねぇとしかいえないです。
その頃のわたしの行っていた中学は荒れていて、そういう雰囲気ともフィットしていました。
その時の「空気」が、わからない人にとっては、全然、理解できないのではないかと思いつつ、その時の「空気」をものすごく正確に切り取っているという意味では、やっぱり、名作なんだと思います。
文体は、かなり計算されていてあざといと思います。まあ、そこを含めての空気かな。
少女マンガ家たちの世界が舞台という以外は、案外覚えていないものです。
まあ、覚えていたのは、ヤスが就職した。ダーティペアが出てきた。みたいなことだけ。
薫くんの恋とか、どんな推理があったかとかは、さっぱりです。
ああでも、名探偵の謎解きのない推理小説なんてつまらないというのは、覚えていた。というか、ここで読んだのか。どっかで聞いたセリフだと思ったけれど、この本だとは思わなかった。
時代は、やおい華やかりし頃。で、けっこう、その世界の大御所の割には、辛辣です。
まあ、「ぼくら」シリーズは、他人から受け入れられるために書かれている小説なので、まあ、そういう書き方になるかというのもわからないでもない。多分、前回読んだときには、そんな辛辣さは、わたし自身もそんなに気にはならなかったので、時代がかわったというのもあるかもしれない。
でもなぁ、自らのバンドに「ポーの一族」ってつけている薫くんが、そこまで、やおいを嫌うかというのは、ちょっとあります。まあ、そういうポーズをしていないと、何をいわれるのかわかったもんじゃない時代でもあったんだと思うけれど。
そして、薫くんが、その時代を映す鏡としてのキャラクターだとしたら、そういう反応しかありえないのだともおもうのだけれども……。ちょっと、もやっとする感じではあります。
「猫目石」で、薫くんが恋する話を覚えていて、あぁ、でもこのキャラクターの女の子の好みというのは、ものすごく一貫しているんだなぁと、それは、今回あらためて読んで見て、ものすごく思いました。
ぼくらシリーズって、3人組が一人一人離れていく話なんだなぁと。
「ぼくらの気持ち」ヤスが離れて。「ぼくらの世界」では、ほぼ薫くん1人の物語と言ってもいいと思います。
そういう変化と、感じなくてもいいぐらいの自分を持っているはずなのに、時代の空気というを感じずにはいられない作者の栗本 薫との葛藤があるみたいで、あとがきがちょっと切なくて楽しかったです。
シャーロック・ホームズ賞を巡る事件ですが、甲野乙骨が、格好いいよねぇ。
あと、ダーティペアのケイちゃんは、結婚したんだとビックリした。
栗本 薫VS伊集院 大介。
といっても、そんなに戦っている訳ではなくて、はじめっから大介は薫くんのサポートにまわっている感じです。
これも、読んだことあるはずなんですが、ラスト以外はまったく覚えていませんでしたねぇ。
でも、この「伊集院大介はまちがっていた。」というラストは強烈で、めちゃくちゃ覚えていました。
そして、このラストだけで、後世に残っていい名作だと、読んだときには思ったのでした。
あいかわらずミステリーに向いていないわたしの脳みそは、あれ、なんで薫くん、一条に襲われたんだっけ?とか、すでに、記憶障害を起こしていますが。
で、今回、ラストも知った上で読んで、ちょっとゾッとしたのは、日美子の予言って、けっこう当たっていますよねぇ。ものすごい悪意をいれこんでいたのね、栗本 薫。
「猫目石」後の栗本 薫。
これ、なんでかラストシーンだけしっていたのですが、こういう話だったのか。
薫くんの話すときの一人称が「おれ」になっていたり、けっこう気の弱い女の子に手を上げていたりして、ちょっと薫くんというキャラクターに、違和感が……。
まあ、薫くんも、年をとったということなんでしょうけどねぇ。
あと、けっこう中盤まで殺人事件もなにも起こらなくて、これはもしかして、推理小説じゃないのかもしれないと思ったりしました。ラストに伊集院大介が出てくるのはしっていたけど、まあ、友情出演的なものかなぁと思っていました。
えーと、途中、犯人側に女の影が見えるのですが、「あれ、女ってこの話に出て来たっけ?」と、みごと欺されました。というか、まったく、記憶に残っていなかったよ、その人状態でした。
これで、長編での栗本 薫の物語は、完結したかんじなのかなぁ。
これ読んだことあると思っていたら、新潮社からでている「十二ヶ月」の1作ですね。
こういう、オーソドックスな短編を書かせると、栗本 薫は、絶品だと思います。
長編は、特にハードボイルドは、ラストがいまいちなのが多いからねぇ。
ヤスとは出会ってるけど、信とは出会ってないよね?
3巻目。
いつまで待っても続刊は出ないです。
これが、わたしにとってSFですねぇ。という時代。
新井素子から始まって、夢枕 獏、高千穂 遙、栗本 薫、田中 芳樹、野阿 梓、菊地 秀行、大原 まり子。今でも大好きで、読みたいと思っている人たちばかりです。小説でいうと、この辺の人たちが、今のわたしを形づくっているなぁと感じます。
性に合っていると思うのは、やっぱり、その時代の雰囲気とか、心が柔らかいときに読んだその印象とかが強いと思います。
そして、この時代、ものすごく文体にこだわった書き手が多いような気がします。
「あたしの中の……」、「花狩人」、「銀河ネットワークで歌を歌ったクジラ」あたりは、やっぱり特別です。
「銀河ネットワークで歌を歌ったクジラ」って題名、ラノベの題名のはしりだよねぇ。
完結の6巻まで出て欲しかったです。
マヨテンですな。
基本、小学校高学年で竹宮惠子とか、萩尾望都とかを読み始めてから、まったくこの手のことに抵抗がなくなりました。
で、栗本薫のこの手の話も、その流れで読みました。
正確に書くと、最初に挑戦したのは、「翼あるもの」の上巻でした。
多分、表紙が竹宮惠子だから、読もうと思ったんです。その時、すでにグイン・サーガは、読み出していたのでは無いかな。
それが、中学生の時だと思います。図書館で借りて読んでたので。
まあ、気合の入ったまえがきも読んで、読み始めたのですが、あんまりおもろくなくて、けっこう初めの方で挫折しました。
ものすごく文体が硬く感じて、読みにくかった。
で、それからも、栗本 薫を読み続けて、多分、大人になってから文春文庫で「真夜中の天使」を読みました。
これが、メッチャ面白くて、続けて文春文庫から出ていた「翼あるもの」も読んで。みたいな感じで、栗本薫なら、JUNE系だろうがなんだろうか、なんでも読むようになって今に至っています。マルガ・サーガも読みました。あれ、怒る?本編でも、充分、あんな感じだったじゃんと思ってます。
まあ、それはさておき。
今回の再読は、アレクサアプリに読んでもらって、車の中で聞いたのですが、やっぱりおもしろかったです。
わたしが初めて読んだ文春文庫版は、30章の物語が10章ごとに上・中・下と別れていたのですが、この全集では、15章ごとの上下巻に分かれています。
「翼あるもの」は、上巻と下巻が、全然違う話なんだから、別れてていいと思うけど、なんで、「真夜中の天使」で別れているんだと最初は思っていました。でも、これも、意味があったことが分かりました。
上巻最後の15章で幸せの絶頂に達して、下巻の16章目からはジェットコースターみたいに落ちていく。そういう構造なんですよ。
アレクサアプリに読ませるときは、今は栗本 薫と平井 和正を交代で読んでいて、まあ、栗本薫全集は1冊が長いので、キリの良いところで平井和正にチェンジして、平井和正1冊読み終わったら、全集の続きに入るようにしているので、上巻が終わったら、平井 和正にチェンジしようと思っていたのですが、まあ、おもしろすぎて、そのまま一気に聞いてしまいました。
いやあ、昔読んでたときには、結城ってヒゲのダンディは、ちっともカッコよく思わなかったけど、今見ると、けっこうかっこいいなぁとか。結末がどうなったかとかは、全然、覚えてなかったので最後まで、ドキドキしながら読んでました。
わたしは、あんまり人への執着というのが薄かったりするので、だからこそ、こういう話に惹かれるのかもしれません。
誰かの「特別」であるということは、どういうことなんだろう。
そのテーマは、ちょっと「レダ」につながっていて、また、グイン・サーガのグインの苦悩とかにもつながっているんだなあと感じました。そして、「終わりのないラブソング」にも。
今まで、栗本薫って、いろんなジャンルの小説を書くから、あんまり芯になるようなテーマってないのかなぁと思っていたのですが、どの話にも、コレが通っていたのかと発見できた気がします。
ただねぇ、キンドルアプリには、読めない漢字がありましてですねぇ。
「嫌い」って、読めないんでよ。
だから、「滝さんなんか、嫌いだ」のところは、「嫌」を抜かして、「滝さんなんか、いだ」って読みます。
そして、この小説、けっこう「嫌い」って、言葉よく出てきます。
「イーだ」って、あんた子どもか?
そして、「翼あるもの」では、更なる悲劇が。
ということで、上巻「生きながらブルースに葬られ」は、最初は挫折しました。
文体も硬いし、なんにも起こらないですしねぇ。芸能界にも興味がないし…。
で、文春文庫版の「真夜中の天使」を読んだ後、もう1回挑戦したら、読めました。
でも、「真夜中の天使」にくらべたら、それほどおもしろいとは思わない。
ですが、下巻の「殺意」は、メチャクチャ面白い。
実は、執筆順は、
「生きながらブルースに葬られ」
「真夜中の天使」
「殺意」
という順番だったらしいです。この順番に、どんどん物語が面白くなっていきます。そして、栗本 薫自身が、どんどん上手くなっていくのがわかります。
どうなんだろうという表現ですが、「文学」がどんどん「エンターテイメント」に変化していく感じといったら伝わるかな。
わたしの読みたいのは、「エンターテイメント」なのよ。という感じです。だから、文学よりなのが好きな人は、もしかしたらわたしと評価は逆になるのかも。
「生きながらブルースに葬られ」の面白くなさというのは、やっぱり、この今西良が、あまりにも、いい子ちゃんで、しかもいつも誰かの視線越しにしか出てこないからだと思います。
主人公、全然、今西 良と違うやん。魅力があるのなら、この子の内面を覗いてみたいじゃないですか。それなのに、そこは、全くわからない。初めっから、「選ばれている」。
「真夜中の天使」の今西 良は、「翼あるもの」の今西 良と森田 透が、合わさったような存在です。
内面は見えないけど、良い子ちゃんではなくてミステリアスです。どこか、毒もある。
「殺意」の後半は、今西 良の鏡像である森田 透の物語です。
これがどんどん森田 透の内面に潜っていく感じで語られます。
2つ目の「As Tears Go By」が終わった後に思わず、
「かっこいい」
とため息が出ました。
時々、栗本薫って、こういう神がかったフレーズを書くよねぇ。
絵になる。
もしかしたら、見たことがあるような。とか、陳腐な。と言われてしまうかもしれない。
でも、バッチリ決まったシーンです。
その以降の話は、全部、こんな感じで「決まっている」のです。
開放してくれることのない光の夢は、この日、かれらを見逃していた。身をよせあって歩きながら、かれらは、それがどこまでもつづく道路である夢だけを見ていた。
もう、悶絶するほど格好いい。
さて、「翼であるもの」でも、やっぱり「嫌い」はけっこう出てきて、「い」としか言わないのですが、さらに読めない字が「巽」。
おーい、「生きながらブルースに葬られ」にも「殺意」にも出てくるメインキャラの名字やで。
「巽さん」は、全部「さん」だけになります。せめて読めなかったら、一拍あげるとかしたらいいのですが、それもしません。
まあ、そうして、事故ってギャグみたいになっても、面白かったです。
こんなものがあるとは、知らんかった。
「The END of the World」という題名の短編。
島津は、
「そんな気がする」
とか言って賢すぎて、どこか、人を好きになれなかった場合の伊集院 大介かなぁと感じたりしました。
多分、スターシステムとってたら、同じ俳優がするんだろうなぁと思った。
そして、島津自身も透とかかわることで変わっていく。なんか、それには「夢」もあると思います。