パーマン1 藤子・F・不二雄大全集
あらためて思ったことは、「スパイダーマン」に出会う前に、もう、「パーマン」にあっていたんだなぁということ。
スーパーヒーローは、その頃にもいっぱいいて、それでも、ぼくらと等身大のヒーローっていうのは、パーマンでした。
コスチュームを着なくても、もちろん、仮面ライダーにも、ウルトラマンになれたぼくたちですが、赤いマントをはおるだけのパーマンは、その中でも、1番、ぼくたちに近かった気がします。
あらためて思ったことは、「スパイダーマン」に出会う前に、もう、「パーマン」にあっていたんだなぁということ。
スーパーヒーローは、その頃にもいっぱいいて、それでも、ぼくらと等身大のヒーローっていうのは、パーマンでした。
コスチュームを着なくても、もちろん、仮面ライダーにも、ウルトラマンになれたぼくたちですが、赤いマントをはおるだけのパーマンは、その中でも、1番、ぼくたちに近かった気がします。
頭に毛が3本しかないあのオバケですよ。でも、デビュー当時は、実は10本ぐらい毛があったというのは、有名な話。わたしは、今回、はじめて確認したのかも。
あと、Qちゃんのすみかが、地下にあるとか、知らん設定がいっぱいでした。
ところどころ、赤塚 不二雄のキャラや、石ノ森 章太郞のキャラも出てきています。
ストーリーの展開の仕方が、「ドラえもん」とか、「パーマン」以上におおらかです。ちょっと、人情話っぽい話が中心。
そういえば、1人っ子が多い気がする藤子・F・不二雄マンガの主人公ですが、正太郎は、お兄ちゃんがいます。
そういう部分でも、試行錯誤しながらつくられていったすごく原型的なマンガなんだろうなぁと思います。
石ノ森 章太郞の全集1は、さすがにあきらめて、こっちも、どうしようかとかなり迷ったのですが……。
買っちゃいました。
まあ、石ノ森 章太郞の方は、500冊617,400円を2年間で出してしまおうという、かなり無理のある出し方でしたので……。まあ、その分、途中で企画が消えてなくなるという危険は少ないわけですが……。
「藤子・F・不二雄大全集」の場合は、第1期33冊で、何期まで出るのかは、まだ発表されていないみたいです。多分、石ノ森 章太郞の全集のように、12期ということはないと思います。
ということで、輝ける全集の第1巻は、「ドラえもん」です。
「ドラえもん」は、子どもの時、ずーーっと、読んでました。
小学館の「1年生」から「6年生」まで、全部に「ドラえもん」が、毎月載っていましたからねぇ。「コロコロコミックス」にも載っていた。
で、その頃から、ちょっとマニア入っていたわたしは、「1年生」から「6年生」まで、全部、立ち読みしていたような記憶が……。
長編映画のドラえもんがはじまったのも、この時代だったと思います。
子ども時代、特に小学校時代は、ドラえもんの時代といっても、過言ではなかったと思います。
だから、ドラえもんの作品って、ほとんど知ってると思っていたのですが……。さすが全集。知らない作品がチラホラ。特に、最初の方は、さすがに生まれていないの雑誌チェックもできていないし(笑)、単行本に未収録な作品だと、知らないんですねぇ。
「ヘリトンボ」とか、ドラえもんの口の利き方がちょっと乱暴だったりとか、のび太のママが案外に優しすぎるぐらい優しかったりとか……。のび太とドラえもんの別れも、何回もあったんだとか。
新しい発見かが、けっこうあって楽しめました。
解説で、鴻上 尚史が、「この不思議なおおらかさ」という文章を書いていて、わたしは、この文章を読んではじめて、そういえば、のび太のパパやママは、ドラえもんの道具をあまり使わないなぁと気がつきました。
今まで、あまりにも、あたりまえすぎて、そんなこと、思いつきもしなかったです。
うーん、でも、それはきっと、ドラえもんが、子ども時代特有の「秘密の友だち」だからなんだと思います。空想の中の万能の友だち。彼が、のび太だけの「秘密の友だち」であるこことは、きっと、パパやママも、わかっているのです。
こうやって、読み返すと、自分が子どもの頃、どれだけドラえもんがいたらいいなぁと思っていたのかを思い出します。
今はもうないけど、昔使っていた勉強机の1番大きな引き出しがグラグラになっていたのは、タイムマシンの穴がそこにあるんじゃないかと、開けた引き出しに乗ったからだとか……。
そういう、闇に葬り去ったはずの記憶が、蘇ってきます(笑)
一時、ドラえもんから離れていたときに、
「なんでも言うことを聞いてくれるドラえもんの存在は、子どもにとって害だ」
という話を聞いて、頷いたりもしていたのですが、今にして思うと、害じゃなかったと思います。
子どもがどんなに願っても、けっして、ドラえもんは、いないのだから。
そして、それでもなお、彼と友だちになった子どもたちのなかに、ドラえもんは、しっかりと生きているのだから。
わたしは、「ノスタルジィはわからない」みたいなことをこの前書いたのですが、ノスタルジィのツボみたいなものは、やっぱりあるみたいです。
おばあちゃんの話とかは、ストーリーがわかっているにもかかわらず、泣いてしまいます。
後半は、いくつかが未来のカメラ屋さんの連作になっています。ちょっと大人向けのドラえもんみたいな感じです。こっちは、あんまり読んだ記憶がなに作品が多かったです。
ああでも、最後の「劇画・オバケのQ太郎」は、読んでいます。強烈に覚えています。たしか、コロコロコミックスのドラえもん特集みたいな増刊に載ったのだと思います。
これって、子ども向けの本で、わたし読んだのは小学生の時でした。
しかし、こんな夢のない話を、小学生に読ませてどうするつもりだったんだろう……。
ちょっと、大人向きの藤子・F・不二雄。
実は、子どもの頃に読んで、けっこうこわかった思い出があります。
藤子 不二雄Aのマンガは、けっこう直接的な恐怖マンガがあったのですが、それよりも、この藤子・F・不二雄の日常の中に潜む恐怖みたいな物語の方が、ゾーーツとしたんですね。
まあでも、やっぱり、子ども時代よりは感性は鈍化していて、今読んでみると、それほど怖くないなぁと思ったりします。