ゲッターロボ號1
ゲッターロボの正統続編。といいながら、「ゲッターロボG」から、ちょっとミッシングリンクがあります。
えーと、「真・ゲッターロボ」の話とは、どうリンクしているんでしたっけ。ミッシングリンクをつなぐ話が、「真・ゲッターロボ」だったかな。
まあ、「號」単品だけの物語としても、楽しく読めるところが、このマンガの良いところです。
案外、ゲッター線の話、前にでていないですねぇ。
これは、大津市立図書館で読んだんですよ。ということで、多分、小学校高学年か中学生の頃にであっているのではないかと思います。
当時、星 新一、眉村 卓が好きで、筒井 康隆は、「時をかける少女」というジュブナイルつながりで名前は知っていたのかな。いや、原田 知世の映画から知ったのかもしれません。
筒井 康隆の超能力ものである「家族八景」とかは読みたいと思っていたけれど、スプラックスティックなものにはあんまり惹かれなかったのですが、名前を知っていたので、多分、本棚の前で、いろんな本をペラペラとめくっていて見つけた1冊です。
まあ、中身を読んだというよりは、ペラペラとめくって、マンガのところだけ読んだのだと思います。
その読んだマンガが、永井 豪の「ススムちゃん大ショック」だったのでした。
もう、衝撃的でした。今でも思い出すトラウママンガです。まあ、後に「デビルマン」という一生の付き合いになるトラウママンガをもう1つ読むことになるのですが、この「ススムちゃん大ショック」は、永井 豪という天才に意識して触れた瞬間なのでした。
ということで、この本のベストは「ススムちゃん大ショック」です。マンガが入っていることの意義というのは、大きいと思います。2020年からの竹書房に移った「ベストSF」シリーズは、マンガが入っていなくて、ちょっと残念です。
「ススムちゃん大ショック」以外は、今回の初めて読むことになります。
60年代のSFベスト集成は、けつこうシンプルなお話が多くて、あぁ、SFってこれでいいんだと思ったのですが、70年代はけっこうお話的にも複雑になってきて、今の物語に近づいているなぁと思いました。
そして、不思議なことに、シンプルな60年代のものよりも、ちょっと古く感じるお話が多かったです。
シンプルなSFよりも、時代の空気をすってできたSFが多かったということかもしれません。
後の方の作品ほど、リリカルなお話が多かった感じです。筒井康隆が意識的にそう並べたみたいですね。
1番リリカルなのは、「美亜へ贈る真珠」かな。梶尾 真治の商業デビュー作。この人とか、この時代から活躍している人なんだと。80年代ぐらいの人だと思っていました。
ん?伴名 練の「美亜羽へ贈る拳銃」って、伊藤計劃トリビュートななんだけれど、この作品も意識している感じなんでしょう。
伴名 練オマージュも多層的なのか。
創元SF文庫から、新しく竹書房文庫に移っての1冊目。あれ、2018年のSFはミッシングリンクになってしまったのかな。
600ページの創元SF文庫の「年刊日本SF傑作選」よりも、200ページぐらいうすくなって、ちょっとコンセプトも変わった感じです。
今までは、選者が大森 望と日下 三蔵の2人体制だったのが、大森 望の1人体制に。
うーん、2人でケンケンガグガクして選ぶのも大変そうだけれど、1人でその年のベストを選ぶというのも、プレッシャーありそうです。
ページが少なくなって、まず割を喰らったのはマンガみたいです。
筒井 康隆・選の「日本SFベスト集成」で永井 豪の「ススムちゃん大ショック」読んで衝撃を覚えたわたしにしては、これは、ちょっと残念です。
まあ、マンガ自体が商業誌の連載は数年に渡る長編がほとんどで、だからといって短編を求めて膨大な同人誌まで見てまわれないという感じではあるんだろうなぁ。
2020年版、2021年版にも、マンガは載っていないようなので、これは、この竹書房文庫版の方針だと思います。
さて、内容は、200ページ減った分、良いものというか読みやすいものがギュッと詰まっている気がします。
いや、酉島 伝法が入ってなかったからだけかもしれませんが(笑)
まず、おもしろと思ったのは、オキシ タケヒコの「平林君と魚の裔」。このテンポ好きです。
草上 仁の「トビンメの木陰」も、短いのに壮大で爆笑しました。
高山 羽根子の「あざらしが丘」も、最後がちょっと淡泊なところ以外は、ノリノリで好きです。
この3つで、大分、エンタメ寄りというか、最初にこの読みやすい3つ持ってくるのは、大事だと思います。
今回のⅠ番は、空木 春宵の「地獄を縫い取る」でした。超中二的な格好良さというか絶望が良いです。
こっからあとは、なかなか、スピード感というよりは、リリカルなお話が続いて終了していきます。この作品配置の順番もなかなか読みやすかったです。
飛 浩隆の「鎭子」は、自分のパートナーのことをちょっと思い出したりしていました。
いや、決して似ているとかそういうのではないけれど。
僕らよりも、ちょっと上の世代の藤子不二雄論。
僕らは、ドラえもんの連載あたりで生まれた世代なので、まさに、藤子不二雄全盛期だと思っているのですが、上の世代にとっては、ちょっと成熟しておとろえが見えてきた時期だという話は、世代によるギャップで、ビックリしました。
実感として、確かに、F氏とA氏に分かれたとき、わたしも、
「マンガによって、それぞれが完全にわかれてかいていたということを、なんで今までわからなかったんだろう」
と思ったこともあります。
自分の好みをみればF氏の作風であり、本棚を見れば藤子不二雄名義でも、F氏の本ばかりが並んでいました。
ごく普通にそこにあるものは、なかなか語られにくい。
そういう意味では、永井 豪や、松本 零士、花の24組以上に、いつもそこにあったのが藤子不二雄のマンガで、実は、いろんなことをそこから吸収しているのは、ふり返ればよくわかります。
そして、この二人がペアであったことの意味は、これを読むと少し見えてくるかもしれない。