孔明たずねて20000キロ 中国トツゲキ見聞録2
情報量過多で、ミッチリつまったこの本の中から、それでも、「書き足りない」という叫びが聞こえてくるような。
そんなエッセイマンガです。
前巻が、ただのプロローグに過ぎなかったということが良くわかる(笑)
これで、完結?
いや、欺されないぞ。
萩尾 望都がエッセイだか、対談だかで語っていたことで、
「あらゆる層、出来るだけいろいろな層の人に伝わるようにかいている」
という言葉があるのですが、それが、より明確に、具体的に、「赤毛のアン」のところで語られていて、物語を作って人に伝えるということは、どういうことなのか、ものすごく勉強になります。
リアルであることと、リアルに感じることの違いみたいなことで、文化が違えば、リアルに感じることは変化してくる。そして、人はリアルであることよりもリアルに感じることの方が、より心情をのせて深く考えられたり、受け止めたりする。
そのために、リアルではない芝居をもっていくというのは、物語としてとても正しいのだなぁというような話です。
(↑ まあ、わたしの解釈なので、ちょっと違うかも)
真面目に、誠実に、物語に向き合っているということがわかります。
読みながら思うのは、日本でね、アシモフの全集でないかなぁということなんですよねぇ。
全500巻ぐらいで、文庫で。
アガサクリスティー文庫みたいな感じで、アシモフ文庫。
あったら、絶対買う。
ロボットもの、マルチバックもの、トランターもの、けっこう短編、長編のいろいろなところに配置されていて、全部読みたいんです。
今回の「パイセンテニアル・マン」とかは、ロボットものとして、すごい重要な一遍だと思うのです。
これを読んでないと、ファウンデーションの後半の流れが見えにくくなっちゃうと思うんですよねぇ。
あと、「パイセンテニアル・マン」は、読みながら「ロビィ」を思い出して、ちょっと涙しました。
そして、小説だけではなくて、科学エッセイも、自伝も読みたいです。
せめて、自伝は文庫にならないかと待っているのですが。
ハヤカワ、出さないかな。