冒険少年
小さな奇跡が起こるあたち充の短編集。
奇跡が起こった後も、変わらずに日常が続いていく感じがいいです。
その辺を毒だと感じる人もいるかもしれませんが。それぐらいの毒は、薬なんです。多分。
小さな奇跡が起こるあたち充の短編集。
奇跡が起こった後も、変わらずに日常が続いていく感じがいいです。
その辺を毒だと感じる人もいるかもしれませんが。それぐらいの毒は、薬なんです。多分。
なんとなく終了。
そして、4巻を読んでないんじゃないか疑惑……。
まぁ、読んでなくてもそんなに困らないのかも。
あだち充らしいといえば、らしい終わり方。
次回作の方に編集的には気持ちがいっってしまっているのか?
まあ、新しいあだち充を僕たちが望んでいるのかというと、微妙なんですけどね。
あだち 充らしさが出てていいなぁと思います。これ、毎回書いているきもしますが。
でも、下手に奇をてらうより、安定して面白いものをコンスタントに生み出す方が、難しいのではないかと思うときもあります。
そして、これは安定して面白いものをコンスタントに生み出せていると思うのです。
この1冊を読み忘れたとしても、多分、それほど困らない4巻。
そして、読めばそれなりにおもしろい4巻でした。
あだち 充クオリティ。
おもしろいんだけど、やっぱり、こういうパターンの話になっちゃうわけですね。
うーん、最近は、このパターンは、あんまり好かないんですねぇ。なんか、男の都合の良い話という感じで。
渡辺 多恵子の「ファミリー」とかでもあったパターンで、昔は好きなパターンだったんですが…。
なんか、男の方がこのパターンを願って、悲惨なことになっていることもある気がして。
「Papa told me」の親子関係でも、そうなんですが、子どもや、女の子が「そう思う」のと、男の側、保護者の側が、「そう思う」のは、似ているように見えるけれど、ものすごい違いがあると、わたしの理性が告げています。
モラルの問題ですね。
でも、傍目には見分けつかないじゃないですか。男だって、恋愛モード(欲望モード?)に入っているときは、物語がバーーッと頭の中に出来ちゃっていて、自分でもわかんなくなっちゃってると思うんです。
たがら、「カリオストロの城」のルパン三世の様な理性は、とっても大事で、両方が願っていても、あえてそうじゃない選択もあると思います。
そう考えると、宮崎 駿、案外まともなのか?
しかし、これ10年以上前の作品ですが、全然、今と作風が変わっていないです。
もっとも、この後、じんべえが踏みとどまるのかどうかというのは、一切かかれてはいないので、もしかすると、そのあたりも、あだち 充の凄さかも。