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幻魔大戦17

杉村由紀、ニューヨークに出発。
その前のいろいろトラブルです。

疑うことなく信じることを求めながら、それが狂信になってはいけないって、無理なのでは。
そして、その無理を両方両立させようとしたことが、「幻魔大戦」、「ハルマゲドン」の流れがストップしてしまった理由ではないかと思います。

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幻魔大戦15

14巻から続いて、箱根セミナー2日目から。

多分、「幻魔大戦」の最大のネックになっている部分だと思います。もう、完全に新興宗教にいってしまっている展開で、まあ、受け入れられない人は受け入れられないだろうなぁと。

それでも、物語のもっているベクトルに流されずに読んで見ると、確かに例えば井沢 郁恵の講演や言っていることが絶対的に正しいなんてことは、まったく書いてなく、そして、その講演すら暴走してしまう。
杉村 由紀は、ひたすら不信感に苛まれていく。
基本的に、だれに対しても容赦ない平井 和正です。「虎の時代」、「狼の時代」、「天使の時代」なんて、時期によっていろいろいわれていますが、まあ、そんな区分なんて変わらずに、誰に対しても、いつも、ひたすら厳しい感じがしますねぇ。

そして、物語の熱量、内圧の高さにかかわらず、ストーリーとしてはほとんど何にも起こっていないというのが怖ろしい。
東 丈が消えたのだって、この時点で確定情報かどうかもわからないという。もしかすると、「真・幻魔」と並行して読んでいた読者は、こっちの丈もどこかに行ったということに気づいたのだろうか……。

熱狂の中で、それをメチャクチャ嫌って見ている「目」の存在を感じるし、全体がものすごく冷めた目でみたシミュレーションでもあります。
そういう意味では、正しく最高にSFしているとも思えます。

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幻魔大戦14

2025年度ラストは、なぜか1970年代のお話です。

幻魔の郁恵との接触から、箱根セミナー1日目に。
このあたり、最高に頭おかしくて、宗教色が最高潮にたっしていて、主人公がやっていることも、他のキャラクターがやっていること、言っていることも、最高に新興宗教です。作者本人も、「教祖・東 丈」って、書いちゃってますからねぇ
そして舞台が、1970年のちょっと前ぐらいなんですから、本当に、これはSF的だ。それも、すごいSFだと思います。

続きがかかれることがないので、この小説、東 丈の組織(教団)運営は正しかったといいたかったのか、こんだけやってもダメだったといいたかったのかは、もはやわからないのですが。
うーん、ただ集団心理の怖さという意味では、読者の心理すら押し流して進むので、その脅威は伝わるかも。

そして、別れの曲から、そんなそぶりは一切なく、主人公失踪しちゃうんでしたっけ。あれ、この後、箱根のセミナーってどうなるんだっけ。
読んだはずなのに、全然、憶えていなくてドキドキしています。

そして、平井 和正、これがあるから、「100分で平井和正」とかは、ありえないんだろうなぁと思います。
筒井 康隆は、今年の年始にやっていましたね。小松 左京も、星 新一も、特集組まれることはあると思います。光瀬 龍なんかもありうると思うのですが、平井 和正だけは、多分、絶対にないと思わせる。

そんな唯一無二な感じがする1巻です。

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幻魔大戦13

視点は、杉村 由紀から、高鳥 啓輔、そして、田崎へ。
まあ、田崎の視点は、薄めかな。目覚めた人の視点で物語を見ることはできない。

もしかすると、目覚めている人の視点で見れば、この時点で明確に「守られている仲間」と「そうでない者」にわかれちゃっているのかも。

うーん、思想的には、小乗なんだろうなぁ。みんなを救おうというよりは、なんか、前からの仲間をピックアップしている感じが強いです。山本とかな。

今回の副題が「魔王の誕生」なので、魔王はやっぱり高鳥 啓輔という感じなんですが、どっちかというと久保 陽子に操られているので小物感がただよっています。
平井 和正は、「ようこ」という名前に、なんか恨みでもあるんでしょうか。「真幻魔」の方には、陽子と洋子がでてきますが、両方とも、色情に溺れるタイプとしてかかれています。

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幻魔大戦12

ほぼ、杉村 由紀の視点で物語が語られていく12巻目。
目覚めちゃった東 丈とか、井沢 郁恵とかは、不安定さがなくなってしまって、物語の軸になり得ない感じがありますねぇ。

覚りすました顔の向こう側に実は不安があったというのならかけるかもしれまんが、完全に覚醒してしまうと、もう、物語から退場してしまわなければならなくなる。

そう考えると、アダルト・ウルフガイのラストの退場は、犬神 明が完全に覚醒したということなのかなぁとも思ったりも、いや、そんなわけないだろうと思ったりもします。