幻魔大戦17
杉村由紀、ニューヨークに出発。
その前のいろいろトラブルです。
疑うことなく信じることを求めながら、それが狂信になってはいけないって、無理なのでは。
そして、その無理を両方両立させようとしたことが、「幻魔大戦」、「ハルマゲドン」の流れがストップしてしまった理由ではないかと思います。
14巻から続いて、箱根セミナー2日目から。
多分、「幻魔大戦」の最大のネックになっている部分だと思います。もう、完全に新興宗教にいってしまっている展開で、まあ、受け入れられない人は受け入れられないだろうなぁと。
それでも、物語のもっているベクトルに流されずに読んで見ると、確かに例えば井沢 郁恵の講演や言っていることが絶対的に正しいなんてことは、まったく書いてなく、そして、その講演すら暴走してしまう。
杉村 由紀は、ひたすら不信感に苛まれていく。
基本的に、だれに対しても容赦ない平井 和正です。「虎の時代」、「狼の時代」、「天使の時代」なんて、時期によっていろいろいわれていますが、まあ、そんな区分なんて変わらずに、誰に対しても、いつも、ひたすら厳しい感じがしますねぇ。
そして、物語の熱量、内圧の高さにかかわらず、ストーリーとしてはほとんど何にも起こっていないというのが怖ろしい。
東 丈が消えたのだって、この時点で確定情報かどうかもわからないという。もしかすると、「真・幻魔」と並行して読んでいた読者は、こっちの丈もどこかに行ったということに気づいたのだろうか……。
熱狂の中で、それをメチャクチャ嫌って見ている「目」の存在を感じるし、全体がものすごく冷めた目でみたシミュレーションでもあります。
そういう意味では、正しく最高にSFしているとも思えます。
視点は、杉村 由紀から、高鳥 啓輔、そして、田崎へ。
まあ、田崎の視点は、薄めかな。目覚めた人の視点で物語を見ることはできない。
もしかすると、目覚めている人の視点で見れば、この時点で明確に「守られている仲間」と「そうでない者」にわかれちゃっているのかも。
うーん、思想的には、小乗なんだろうなぁ。みんなを救おうというよりは、なんか、前からの仲間をピックアップしている感じが強いです。山本とかな。
今回の副題が「魔王の誕生」なので、魔王はやっぱり高鳥 啓輔という感じなんですが、どっちかというと久保 陽子に操られているので小物感がただよっています。
平井 和正は、「ようこ」という名前に、なんか恨みでもあるんでしょうか。「真幻魔」の方には、陽子と洋子がでてきますが、両方とも、色情に溺れるタイプとしてかかれています。