ケルト妖精学
イギリスの妖精物語というと、もうそれだけで「原型」だと思っていたのですが、実は、それらにも元になるようなものがあったということで、とっても、ビックリしました。
文学だけではなく、ありとあらゆるジャンルを網羅する力はわたしにはないけれど、こうやって、俯瞰できる本があるのは、とっても素敵です。
イギリスの妖精物語というと、もうそれだけで「原型」だと思っていたのですが、実は、それらにも元になるようなものがあったということで、とっても、ビックリしました。
文学だけではなく、ありとあらゆるジャンルを網羅する力はわたしにはないけれど、こうやって、俯瞰できる本があるのは、とっても素敵です。
わたしの正岡 子規のイメージは、江川 達也の「日露戦争物語」の前半のノボさんのイメージです。
元気な頃のお話は、割と、そのイメージ通りかな。いや、病気になってからも、偉そうにしながら甘ったれなところなんかがかいま見えたりして、基本的には、楽しい人なんだろうなあと思いました。1
野球を楽しそうに語るところなんか、いいです。
いや、お前の説明、さっぱりわからんし!!
まあ、野球自体も、めちゃくちゃ画期的なありえないルールのスポーツなんだと思いますけどもね。
短歌、俳句の批評は、よく理解できないところもあるのですが、この人、めちゃくちゃ真面目で理屈っぽいです。
理屈で歌を詠んではいけない、感性で詠めということを、ひたすら理屈が通るように理屈で説明しようとしているみたいに感じました。
うーん、わたしは、短歌や、俳句はよくわからないのです。特に、俳句は、よくわからない。
でも、この人の俳句、そんなに感心できるものとは思えないんですけども……。
中島 敦といえば、高校の教科書で読んだ「山月記」です。
それ以外は、知らない。
多分、この頃、平井 和正の「ウルフガイ」とか、夢枕 獏の「キマイラ・吼」とかを読んでいたのだと思います。
で、わたしの中では、この「山月記」は、それらの物語の同列の物語として記憶に残っております。
人が、獣に変わっていく。そういうお話。
ウルフガイとか、キマイラ・吼と同じ透明さが、山月記にはあるなあと感じました。
まあ、山月記の影響を、ウルフガイやキマイラ・吼は、うけているのかもしれません。
で、ものすごく、悲惨なお話だったような印象が残っています。
今回、この本で読み直してみて、でも、中島 敦は、この人が虎になる話を、重いテーマをのせながら、それでも、けっこうおもしろがって書いていたんじゃないかと感じました。
それは、「山月記」の前に「名人伝」が載っていて、こっちを先に読んだからかもしれませんが。
あと、漠然と、この人は、芥川 龍之介の王朝物みたいな感じで、中国古典に取材したお話ばかりを書いているのかと思っていたのですが、けっこう、いろいろなお話を書いていたのですね。
そして、どのお話も、メチャクチャわたしにしっくりくる話ばっかりで、ビックリしました。
おもしろいです。
日本文学、侮れない。
昔ほど、香山 リカの言うことが理解できなくなってきたのは、多分、わたしが大人に変わったからだろうと思います。
彼女が扱うサブカルな世界に、以前はどっぷり浸かっていたのに、今は遠い感じです。
追いかけていくのは、やっぱりパワーと時間がいるわ……。
だから、多分、彼女が指摘する問題は、今も本当はリアルにそこに「ある」のだと思います。
感受性が麻痺してきても、「ある」ということだけは忘れないようにしなければ。