NANA-ナナ-21
ある意味、前巻以上に重苦しい空気の立ちこめた1巻でした。
でも、この巻で、なんで今まで「未来の話」と「現在の話」1が同時に語られてきたのか、その理由がちょっとわかる気がしました。
これ、現在の話だけですすんだら、ものすごく重すぎる話になってしまいますねぇ。
これが、未来にどう繋がっていくのか?
それて、もっともっと先は、どうなって行くのか?
けっこう楽しみです。
- もしかすると、「現在の話」と「過去の話」かも。 [↩]
ネコとか、子どもに振り向いてもらったときのうれしさは、恋愛によく似ているなぁと、ちょっと思った。
反応が返ってこないときの傷つき度は、恋愛の方が高い気もしますが、振り向いてもらったときのうれしさは、すごく感じます。
10年前に、この本の旧版と、1人の男の子に出会ったのことが、思えば、ADHDとの初めての関わりでした。
その頃は、ADHDという言葉もしらなかったです。
少しずつ、世間的にも知られてきたと思うのですが、また、教育(行政)の流れとしては、この子たちが、生きにくい方へと動いていっているようで、つらいです。
子どもたちが、笑顔で過ごせる世の中を。
一定レベルのおもしろさはあるけれど、一定以上を越えていくのは少ないですよねぇ。古典ということか。
「ガラスの脳」とかは、けっこう好きですが、「ボンバ!」のオチとかは、どうかと思ってしまう。大人向けにもしきれていないし、子どもが読んでおもしろいと思わんだろう……。
そういう時代だったのかなぁ。時代の限界というのは、やっぱりあるのだと思います。
「叫ぶクールがどこの世界ににあるんだコラ」
というのが、けっこう好きです。
あと、やっぱり、「ミッキーの世界」もいいよ。
その後、なにがおこったかとかを考えると、いろいろ、少年誌の限界をこえているような気がします。
……そういえば、葉とアンナも……。