おおきく振りかぶって21
サインなしで、速い球を捕れるというのも凄いんだけど、そこだけに注目するのではなくて、それ以上に、椎名という人間の性格、秋丸という人間の性格、そそれぞれのかき方がうまいなぁと。
そうして、そういう性格だからこその長所も短所もある。
この物語って、子ども達をかきながら、あくまで視点は大人というか監督な目線なんだなぁと思います。
女の子が全然でてこないですねぇ。
でも、いいなぁと思います。それぞれ、みんなかっこいいです。青臭い感じもするんだけれど、そこがいいんだよねぇ。
絵になるお話だなぁ。マンガにすると、おもしろさは半減しそうですが、映画の俳優は、ものすごくあっていました。あの顔というか、しゃべり方が思い浮かびます。
お母さんは、映画の方がきつそうな感じですけどね。お父さん、まったく出てこないし(笑)
2巻目。
映画も、けっこうよかったけれど、本のこの丁寧なスピードに慣れてしまうと、映画は詰め込みすぎだなぁと。
その分、小説の方は、物語が動いていかないもどかしさがないわけではないのですが。
平行して、あさの あつこの「バッテリー」の2巻目を読んだりしていて、このギャップに、けっこうおもしろがっています。
あっちが、中学生で、こっちは、高校生だもんなぁ(笑)
多分、どっちもリアルだと思います。
端から見てると、「おお振り」の方が現実っぽく見えるけど、自分たちの中では「バッテリー」なドラマを生きている感じがするもんです。
しかし、ひぐち アサは、このキャラクターが、どうやって生きてきたのかという、生活臭というか、周りの人物や、家族、人間関係、そういう雰囲気をしっかり考えてかいているのだなぁとつくづく思います。
「西の魔女が死んだ」を見てきました。
歌と梨木 香歩の原作から、かなり期待をして見に行きました。「バッテリー」とか、けっこういい出来でしたしね。1
ということで、深夜に車を走らせて、映画を見てきたのですが……。
期待が大きすぎたのか。けっこう、微妙な映画でした。うーん、惜しいといった方がいいかな?
自分の中で、「西の魔女が死んだ」という物語のイメージが出来上がっていて、ほんの少しでもタイミングがずれると違和感を感じてしまう感じです。
おばあちやんは、けっこうイメージ通りかな。わたしがイメージしていたのは、どうしても、ターシャの森のターシャなので、もっと年取っている感じかも。
まいは、もっと線が細くて強い感じがあって、昔の栗山 千明とか、後藤 久美子みたいな芯の強さを感じさせる子だと思いました。でも、今回は、普通の子のイメージが強かったかな。
凄く原作の言葉を大事にしていて、原作に忠実に作られているのですが、書かれた文字のもつ雰囲気と、それを映像にしたときの雰囲気というのは、明らかに違う物で、同じ物を伝えるときにも、違う方法が必要だったのではないかと思いました。
そのあたり、「バッテリー」はうまかった気がします。
多分、映像にしたときは、言葉って最小限に省いてもいいんですよ。原作の言葉を拾い上げていくのもとても大切なのですが、映像で伝わるところは、言葉を使わない方が良かったのではないかとか、いらない想像シーンとかは、なくても良かったとか……。
原作者にとっては、凄く誠実に作ってあるので、文句の言い様はないけれど……でも、ちょっと違う世界のような……。
だから、珍しく、ラストシーンも、泣いてないんですよ。
で、原作のラストはどうだったっけと思って、本屋で立ち読みしていたら2、3ページぐらいでだだ泣きになりそうになりました。
でも、ラストの歌はいいです。一発で手嶌 葵のファンになりました。
↑ テルーの唄のときは、スルーしていたのに。