百億の昼と千億の夜一覧

支配されないことの意味

イティハーサ1

再読です。
こうやって、時間をおいてから読むと以前は理解できなかったことがよく見えてきます。

たとえば、この話がかなり細部まで作りこまれたうえでかかれたものだということは、もちろん以前も感じていたのだろうけど、こうして物語を知ったうえで読むと「ここまで考えられていたのか」というところがたくさんあります。

たとえば、鷹野の感じているトウコを威神に連れて行かれてしまう不安や、トウコの感じているもう一人の自分に対する不安などは、最初に読んだときは、1人の人間のなかにある二面性みたいなものを示すために出てきているのかなぁと思ったりしていました。
でも、実際に読み進めていくにつれて、実は、それが形をもったものであるということがわかっていきます。

また、桂の弟の話とかも、以前は、出てきたときにはすっかりその伏線を忘れていて(笑)、

「なんで、こいつが桂の弟なんだろう……」

とか思ってましたが、ちゃんと、こんなにも前にフリがあったのですね(笑)

以前は、ファンタジーとして読んでいたのですが、今回こうして改めて読んで見ると、これもまた「百億の昼と千億の夜」みたいな壮大なSFなんだなぁということがよくわかります。
すべてが、あのラストに向かって収束していくようすが、とってもよく見えます。


葦原に立つ…

葦の原幻想 古代幻想ロマンシリーズ1

カラーの絵を見ていると、「百億の昼と千億の夜」のころの萩尾 望都みたいな雰囲気です。

ストーリーは、最初の話とかは、山田 ミネコの「緑の少女」を思い出してしまいました。
あと、少女が一瞬で大人になっている「葦の原幻想」のテーマとかも、けっこう、似たものを感じます。

そして、短編連作で話を続けていって、狂言回しに超能力者(神)たちがいるというのは、なんだか、神坂 智子の「シルクロードシリーズ」を彷彿とさせます。

第1話が掲載されたのが、1984年だから、多分、その辺の作品のというか、作家たちの影響というのはあるのだろうと思います。

それでも、いろいろなものを吸収して、自分独自の世界をつくっているなぁというところは、好きです。

あとの話にでてくる史は、多分、藤原 不比等なんだろうなぁ。
あの人って、イメージ的に、恋をするような人ではないので、これからどうなっていくのかなども、気になります。

短編連作で、いろいろな角度から切り取っていくという形も、この物語にとてもあっているなぁと思います。