ミドリノツキ 中
2巻目は、走り抜けているという感じです。
おもしろい!!
わたしは、基本的に感情移入で物語を読んでいます。でも、ミリセントも、尚顕も、好きなタイプではないのに。
啓二の使い方も、ベタベタなのに。
いいキャラクター、一杯いるのに、使え切れていないのに。
でも、このおもしろさ。凄い。
青春、だからか?
どうやら、先住民族も、2つのグループで対立していたようです。
一気に、たたみかけるように、ラストにつながるといいなぁ。
2巻目は、走り抜けているという感じです。
おもしろい!!
わたしは、基本的に感情移入で物語を読んでいます。でも、ミリセントも、尚顕も、好きなタイプではないのに。
啓二の使い方も、ベタベタなのに。
いいキャラクター、一杯いるのに、使え切れていないのに。
でも、このおもしろさ。凄い。
青春、だからか?
どうやら、先住民族も、2つのグループで対立していたようです。
一気に、たたみかけるように、ラストにつながるといいなぁ。
最初、主人公があんまり好きでなくて、物語がけっこう唐突な気がしてのれなかったのですが、最後の最後に来て、ものすごいいい感じになりました。
そして、いい感じになったとたんに、「続く!」。でした。
まぁ、「甘い」と思うところもあるんだけれど、けど、やっぱり良質なジュブナイルだと思います。
この人の本って、絶対にハードカバーで出て、学校の図書室とかに置かれるべきなんだが……。
あぁ、この話が大好きだった。
と思いながら、でも、
全然、覚えてねぇ(笑)
とも思いながら、読みました。
今読むと、ちょっと恥ずかしい部分もありますね。
もう、「星虫」とかもそうだけど、怖いぐらいにストレートです。
でもそれが、よいジュブナイルの条件のような気がしてきた。
御角はんは、「鵺姫真話」の方で出てきたのかな?なんか、確かに兄弟が出てきた気がします。最近読んだはずなのに、けっこう忘れているなぁ。
時間の流れ的には、「イーシャの舟」、「星虫」、「鵺姫真話」という順番です。発表された順番は、「星虫」、「イーシャの舟」、「鵺姫真話」で、ソノラマ版では、「星虫」、「鵺姫真話」、「イーシャの舟」の順番で並んでいます。ややこしい(笑)
多分、書かれた順番は、時間の流れに沿った「イーシャの舟」、「星虫」、「鵺姫真話」という順番だったのではないかなぁと勝手に思っています。
だから、わたしの推奨の読書の順番は、「イーシャの舟」、「星虫」、「鵺姫真話」です。
ところで、とちょっと気づいた重箱の隅をつつこうかと思ったのですが、わたしは、やっぱりこの物語が好きなので、今回は、やめておきます。
以下、ソノラマ版の「イーシャの舟」を読まれた方だけお進みください。
きれいにまとまっていく、タイムパラドックスものです。
普通は、「そうして歴史通り悲劇は繰り返された」か、「そうして彼らの活躍によって歴史は塗り替えられた」のどっちかの結論がでるとおもうのですが、この物語は、そのどってでもなかったです。
「時間」をテーマにしているとわかった時点で、かなり読めている部分もあるのですが、その分、現代の物語らしく、こんがらがった話になっています。
ちょっと、詰め込みすぎなところ、トントン拍子でお話が転がりすぎてしまうところはあるのかも。
でも、そういう世界設定うんぬんかんめんではなく、読み終わった後の感じは、
「あぁ、いいジュブナイルを読んだなぁ」
という気持ちです。
岩本 隆雄の新しい話(といっても、出版されたのは7年ほど前ですが)を読めて、素直にうれしいです。
「イーシャの舟」が好きといっているわりに、驚くほど純の印象が残っていません。たしか、小学生ぐらいのおんなの子が、イーシャの友だちだったような……。
すると、「イーシャ」は、「鵺姫真話」の前日譚ということになるのでしょうか?
次は、大好きな「イーシャの舟」の再読です。
楽しみですが、少しこわい気もします。
「プロローグ」を読んで、しばらく日を置いて。
一章を読み出したら、毎日一章ずつ。
でも、6日目だけは、止まらずに一気に「エピローグ」まで。
あぁ、十数年前も、確かこんな読み方で、この物語を読んだなぁと。
ジュブナイル小説は、眉村卓の学園SFシリーズとか、筒井康隆の「時をかける少女」なんかを読んでいたのですが、あのあたりは、どっちかというと、大人が書いた子ども向きの小説みたいな感じがありました。
「星虫」は、そんななかで、なんというか、大人ではない人が書いた「切実さ」みたいなものがあったのが、印象に残っていました。
だから、ものすごくおもしろかった覚えがあります。
今、こうやって読んでみても、おもしろさはやっぱり変わっていません。
ただ、自分のなかの「切実さ」は、確実に年とともに減ってきている気がします。
そして、この物語のいろんな荒さも、ちょっとみえる気がします。
例えば、友美と秋緒の関係。いつの間に、秋緒は、あんなに友美のことを認めたんだというところとか…。
それでも、充分におもしろく、ストーリーを知っているにもかかわらず、ドキドキしました。
あの時代の自分の感受性は、やっぱり、今より敏感だったようです。
メガネの女の子が、星虫をとってしまって、泣き崩れてしまうシーンがあったのですが、このシーン、星虫が落ちた瞬間に、女の子の視力がガタッと落ちた(元にもどった)という描写があったはずだと記憶していたのですが、まったくの記憶違いでした。
気になって、元の新潮社版の方を見てみても、同じ描写でした。
むかしは、わたしもそういう書いてないところまで想像して、読んでたんだなぁということ、今は、けっこう考えずに、感じずに読んでるところがあるなぁと、よくわかりました。
まあ、だからといって、あの時みたいな読み方に戻れるわけではないんですけどね。
それはそれで、辛いことも多いので、わたしは、今の感性も好きです(笑)
まあ、もっとも、もうすでに1冊持っている本ですから、普通は、これだけでは、購入して読もうとは思わなかったはずです。
買ったのは、「イーシャの船」が、続けて刊行されたからです。
「星虫」は、「おもしろい」。だけど、「イーシャの船」は、「好き」なのです。