メルヘン一覧

サンリオ、愛のメルヘン

ユニコ 手塚治虫文庫全集

 今でも、

「サンリオ、愛のメルヘン」

というナレーションと、最後の

「ユーニコー!!」

という最後の呼び声を覚えている、ユニコです。テレビの宣伝でしか見たことないですが。

ということで、コマーシャルだけが、印象に残っている「ユニコ」です。
コミックは、今回、はじめて読みました。

けっこう、深い話で、しかも、けっこう残酷です。サンリオ、これでよかったのか?


くさつ店OPEN1周年記念講演-岩城敏之- その4 第1部スタート

講演は、すごい状態のなかで行われました。
子どもは、いろいろおもちゃで遊んだり、なんか、ステージの上にのぼったりしています(笑)

第1部は、「発達にあわせたおもちゃについて」というお話でした。

「わたしねぇ、おもちゃ屋さんで生まれたんですよ。」

という軽快な滑り出しは、もちろん、岩城さんの著書を読んでいる人には、きっとお馴染みです。
でも、いい話って、何回聞いても、何回読んでも、楽しんですよね。本物だ。

他の子どもたちから、羨ましがられながらも、おもちゃ屋である親からは、

そんなもので、いつまででも遊んでいるな!」

と言われ続けた子ども時代のお話からはじまって、絵本との出合い。
そして、絵本と同じように大人が真剣に子どもと向き合って作ったおもちゃがあるはずと探し当てたヨーロッパのおもちゃとの出合い。
そんな、いろいろな話が、ユーモアたっぷり、おもしろおかしく話されていきます。

「はじめ見た時ねぇ、わたしビックリしました。これ、ただ単に、ハンマーでこの杭を叩くだけなんですよ。
それで、たたき終わったらね、ひっくりがえすんですって。
そうすると、永遠に遊べるっていうんですよ!
わたし、これ見たとき思いましたね。こんなん、2回もやったら、終わりやん。買ってきて10分で飽きられてしまう。
おもちゃ屋として、せめて、もうちょっと、遊べるおもちゃじゃないといけないですよねぇ」

とは、ハンマートーイのこと。
では、このおもちゃを見た瞬間、

「お兄ちゃん、これ買って!」

と惚れ込んでいたわたしの妹っていったい……。

「これ、見てください。上から玉を落とせば、坂にそって玉が落ちていって、最後に音が鳴るだけ。
こんなん、大人が、ずっとしていたらコワイですよ!」

これは、クーゲルバーンのことです。
そして、横から肘でつっつかれて、

「りんさん、そんな大人はコワイらしいですよ~」

とつっこまれているわたしっていったい……。

「でもですねぇ、これらのおもちゃって、ヨーロッパの基本的なおもちゃなんだそうです。
基本的なということは、ずっと、遊ばれ続けている、与え続けられているおもちゃということなんですよ。
わたしは、この基本的なおもちゃということが気になったんです。
それで、実際に、子どもたちにこのおもちゃで遊ばせてみたんです」

そうすると、子どもたちは、実に飽きずに、楽しそうに、これらのおもちゃで遊んだのだそうです。

そう。わたしたち兄妹は、子どものようなピュアのハートの持ち主なのだよ(爆)

子どもたちの発達段階のなかで、なにかを叩きたい時期というのは、必ずあるのだそうです。そんな時期に、家中のものを叩いてまわるわけにはいかない。
でも、子どもたちがなにかを叩きたいという気持ちは、実は、人間の成長にとって実は意味があるものではないか?その時期の子どもたちは、叩かなければならないのではないか?
「ハンマートーイ」は、そういう思想から生まれてきたようです。

また、「クーゲルバーン」は、このサイトでも何回も紹介していますが、子どもたち、本当に飽きずに何回も、何回も、やります。
それには、こんな説明をされていました。

この時期の子どもたちは、自分がなんでも出来ると思っている。だから、いろいろなことをやりたがる。でも、実際にやってみると、出来ないことも多い。
そんなときに、確実に同じ動きをするクーゲルバーンの様なおもちゃを子どもが遊ぶことによって、子どもは、自信と精神の安定を取り戻すのだそうです。
これは、電気で動くおもちゃのように自動で動くものではなくて、やっぱり、自分が操作した結果、確実に動いていくということが大切なようです。

わたしたちは、もしかして、未発達で、精神が安定していませんか?否定はしないですけどね……。

これは、岩城さんの話ではなくて、何かで聞いた話なのですが、日本のおもちゃの寿命は、3~6か月しかないものがほとんどなのだそうです。
そうしたなかで、どうしても売れるものは、子どもの欲しがるもの。つまり、動いたり、音が出たり、色が派手であったり、今まで見たことがあるキャラクターものということになります。

ただ、そうやって、「選ばれること」だけを念頭において作られたおもちゃは、「遊ばれる」ことが少しないがしろにされているようです。
おもちゃ自身が勝手に動いて、子どもを遊ばせてはくれるのですが、子どもがおもちゃで遊ぶ余地がとても少ない。だって、動いている電車は、手に触れられることを拒絶しています。

それは、テレビなどのメディアにも言えることだと思います。
たしかに、宮崎駿の映画は素晴らしいかもしれません。たしかに、良質な番組は、あるのかもしれません。
でも、たとえ良質なものであったとしても、やっぱりそれは、自分からかかわっていける種類のものではないのです。

というのは、岩城さんの受け売りかも(笑)

まあでも、「トトロ」を10回1人で見るよりも、保護者と一緒に森を散歩する方が、きっと、子どもにとって幸せになれることなんだと思います。

おもちゃは、大人が選んで子どもたちに与えていくというのは、とても大切だと思います。
ただ、わたしたちの世代って、やっぱり自分たちがジャンクなおもちゃで育ってきたので、おもちゃ見る目も、あんましないのかなぁという気がします。
自分を振り返っても、キャラクターものとか好きですからね。

そうそう、最初に遊んだ「メルヘンカルテット」にも、ちゃんと意味がありました。
それは、子どもたちがどうすれば、他の子どもたちと仲良くできるのかというお話でした。

子どもが(というか人間が)、他の人と仲良くするには、「イメージの共有」と「ルールの共有」の2つが大切だという話でした。

ルールの1番簡単なものは、順番。
小さい子には、これが理解できない。

「ぼく、ぼく、ぼく……」

で、他の人がやろうとすると、パニックになっちゃいます。
1番最初に理解できる順番は、

「お母さん、ぼく、お父さん、ぼく、お母さん、ぼく、お父さん、ぼく……」

なんだそうです。
つまり、絶対すぐに自分がまわってくる。

なるほど、小さいことゲームするときは、2人でする方が子どもが落ち着く気がしたのは、発達段階だったんですねぇ。

それがやがて、

「ぼく、お母さん、お父さん、ぼく、お母さん、お父さん……」

と、ちゃんと順番が守れるようになってくる。

何人までで上手に遊べるかという目安は、だいたい年齢と同じ人数までなんだそうです。
1歳で、1人。2歳で、2人。3歳で、3人。4歳で、4人。

こういうのは、これからの「ゆうもあ」の活動に、けっこう役立つかもしれませんねぇ。

さて、こうやって、大人たちが、岩城さんのお話に引き込まれている間も、子どもたちの方は、会場をところせましと動き回っています。

ステージに上がって、マイクのプラグを抜いたり……、岩城さんのしゃべっている演台の周りをグルグルまわったり。
そして、それがいちいち、岩城さんの話を証明するという……まあ、岩城さんが、その動きに会わせて、臨機応変に話されていたということもありますが……。

すごい。

そのあと、子育て相談なんかもあって、いよいよ、第2部の「つみきあそび」です。


くさつ店OPEN1周年記念講演-岩城敏之- その3 まずは、親も遊ぶ?

メルヘンカルテット

「ちょっと、キミキミ」

と声をこけられました。

はっ、まさか、ボードゲーム・シンポジウムに出席していたので、顔を知られているのか?
一言も、しゃべってないけど……。

あぁ、でも、あのとき、岩城さんが、職業の質問をして、わたしだけ手を挙げていた気が…。それで、顔を覚えてもらったのだろうか?

手な感じで、ドキドキしていると、いきなり、カードを手渡されました。

「キミ、このゲーム知っているかい?」

やっぱり、わたしを『ゆうもあ』の人間と知っての声かけですね??

手渡されたゲームは、「メルヘンカルテット」。日本では、多分、「家族合わせ」とよばれているゲームだと思います。

「カルテット」は、けっこうスタンダードなゲームのようで、ボードゲームを始めてけっこう早い時期で1種類、手に入れています。
それが、「メルヘンカルテット」で、グリムの童話の絵を集めるゲームです。

それから、ハバ社のリトルゲーム・シリーズの「動物列車」も、プレーする機会がまだないのですが、多分、「カルテット」の仲間です。

その他、子どもたちの生活についてのカードを集めるものなど、いろいろな種類のカードの「カルテット」があります。

だいぶん前にプレーしたので、ルールはうろ覚えですが……多分、大丈夫。

「はい、知ってます」

と答えると、

「じゃあ、このカードを持って、あののヘンの大人を3人誘って、遊んできて!」

オイオイオイ!
さすがに、ビックリしました。

しかも、その後、よく観察していると、岩城さん、誰彼関係なしに同じことを言ってまわっておられます(笑)
なんだ、顔を覚えられたわけではなかったか。

ところで、渡されたカードは、2種類4枚ずつの計8枚。

「えっ、カード、これだけですか?」

と聞くと、

「初めてのときは、これぐらいがちょうどいい」

との答え。
はて、1人に、2枚ずつしか配れなければ、4枚1セット、全部そろわないんじゃないだろうか??

うーむ、と1人でルールの確認。
あれ?同じ種類のカード4枚集めるんじゃなくて、同じ数字のカードを集めればいいんだっけ?

ちょっと、そこらのお父さん、お母さん方をさそってプレーしてみますが、ちょっと違う気がする……。

ということで、もう1人の超ベテラン「ゆうもあ」の方に、正しいルールを教えてもらう。
あぁ、わたしのルールは、全然、ちがっていたよ(笑)

まず、全員に、カードを配ります。
1版最初のプレーヤーは、好きなプレーヤーを指名して、

「星の1番のカードありますか?」

と言うように、1枚のカードを指定して聞きます。

もし、その人が、指定したカードを持っていたら、手番のプレーヤーは、そのカードをもらいます。
そしてまた、人を指名して、カードを持っているかどうか聞くことが出来ます。

もし、その人が、指定したカードをもっていなかったら、その人の手番は終わりです。
今度は、聞かれたプレーヤーに手番が移ります。

だから、手札の数は、人によってどんどん変わっていきます。
こうやっていって、自分の手札の中に、4枚同じ種類のカードがそろったら、それは、オープンにして自分の前に置きます。

最終的に、オープンになったカードの多い人が勝ちます。

というルールでした。

これは、けっこう、人が質問したことをよく覚えてないといけないゲームです。
なかなか、大人でも、楽しめます。

さて、あんな、こんなで、ゲームをして、時計を見ると、もうとっくに講演の時間が過ぎています(笑)

「では、そろそろ、始めましょうか?」

な、なんと、子どもも、大人も、バタバタしているなか……というか、まあ、大人は席に着いたのですが、子どもはまだまだ、会場中を探検している中、講演が始まったのでした。

す、すごいことになってますよ~。


過去に向かう想い

ゲイルズバーグの春を愛す

短編集です。
最近のわたしは、読んだ端から、忘れていきます。

これは、貸してもらった本ということで、1作ずつ読むたびに、感想を書いてメールで送っておりました。

ということで、その1作ごとの感想を載せていきたいと思います。
このちょっとずつ書きためておく方法は、けっこういいかも。

ゲイルズバーグの春を愛す

古い建物、街並みのなかに、何かが宿っているというのは、とっても、素敵な、好きなテーマで、雰囲気のよいお話でした。

ただ、その宿っているものが、街を変化させようとする人を傷つけてしまうところは、ちょっと、悲しいなぁと思いました。

優しい街並みは、それを守ろうと思う人にも、変化させようと思う人にも、優しくあって欲しいと思ってしまうわけです。

でも、それでも、どうしたって、街はかわっていくのだなぁという、時間に対するとらえ方(あきらめではなく)は、「なっとく」です。

ということで、これからの作品、なかなか楽しめそうです。

これが好きなら、きっと大野安之の「ゆめのかよいじ」とか、気に入ると思います。
古い校舎と、時間から取りのこされたような村のお話です。

悪の魔力

原題は、「Love,Your Magic Spell Is Everywhere」。
「悪の魔力」……どっから、出てきたんだ?

今、エキサイトの翻訳サイトで原題を訳してみると、「愛、あなたのマジック期間はどこでもあります」。
これも、変だ。
多分、Spellは、スペルで、「呪文」。
だから、「愛、あなたの魔法の呪文は、どこにでも」みたいな感じですね。

でも、訳者が、「悪の魔力」という題名をつけた理由も、わからないではないです。
多分、これは、アメリカ人と日本人のうけとり方の違いではないかと思います。

眼鏡は、いいんですよ。
アメリカ人だろうと、日本人だろうと、こんな素敵な眼鏡があったら、かけます。男なら。

でも、問題は、感情の方です。
ここで、この話は、簡単に魔法を使って、感情をいじっているわけですが、このあたりが、日本人にはあわなくて、「悪の」という題になったのではないかと思います。
やっぱり、薬の力や、魔法の力を使って、相手を振り向かせても、いいことないと思うんですよねぇ。
そうすると、最後に、自分に魔法が返ってきて、へんな女とくっつくというのは、このお話の「教訓」なのかもしれません。

でも、この女の子が、本当にハズレくじみたいに、へんな女だったかというと、そんな感じはしないんですね。
変身前の「超・少女 明日香」みたいで、かわいいじゃんとか思ってしまいます。
まあ、眼鏡をとったら美人というのは、少女マンガの王道でもあるわけですし。
まあでも、男の方は、あんまりいいヤツじゃないし、友だちにもなりたくないですね。

すごく、好意的に解釈をすると、この2人は、魔法にかかる前から、お互いに好きになっていたのかも。
魔法なんて、思いこみにすぎないのかも。
描写の積み重ねがあるので、2人のシーンだけ追いかけていくと、そんなふうにもとれるんですが……。
そうすると、他の人にかかった魔法の部分が、邪魔になっちゃうんですよね。

もしかして、1番正解は、なーんも考えずに、あーハッピーエンド、相思相愛になれてよかったね。
なのかも。

あと、この男、ダメだと思うのは、こういうところ。

「たしか去年、彼女は夫のハーヴェイとともに結婚二十五周年を祝ったはずだったが、
彼女の腰の右側には、縦四インチくらいの赤いハート型の刺青があり、そのなかに青で”ラルフ”という文字が彫りこんであったのだ。
ぼくは、その事実を、四分の一世紀もり長い間ハーヴェイの目から隠してくるのに、どれほど苦労したろうかと考えさせられたのだった。」

多分、今の時点で、ハーヴェイは、このことを知っているし、当然、受け入れているのだと思うのだが……。

アメリカ人は、どんな感想を持っているんでしょう?

クルーエット夫妻の家

これは、すごく気に入りました。
かつてどこかで造られた家が、時代を超えて再び造られて、その「家の思い」が、転生してくる話といったところでしょうか。

物や、無生物にも、やっぱり「思い」というのはあって、それに取り込まれることは、それほど悪いことではないと実は思います。

まあ、物語としては、「行って」、「帰ってこない」物語というのは、もしかすると、ものすごく不健全なのかもしれませんが、昔からわりと、そういう物語の方に惹かれてたりしています。
それが、心穏やかなものならば、過去でもいいので住んでみたいなぁと思います。

まあもちろん、それは、けっこう後ろ向きな欲望だなぁということは、知ったうえでですが。

でも、主人公の設計士は、はじめは、けっこう家の魂の話をしていたのに、後半は、けっこうドライです。
現実に生きる人にとっては、正しい態度なのだろうなぁと思いつつ。
きっと、ある種のうらやましさも、感じていたのではないでしょうか?

おい、こっちをむけ!

幽霊の話は、実はけっこう好きなのです。
ということで、この話も、けっこう楽しみながら読みました。

気になった点は、何故、幽霊が自分の名前をこれほど強調するのか?
暴走族が着ているような服を着てまで、自分の名前を強調する幽霊って?
やっているとこは、地味なのに、服装だけ派手?

オチを読んでなっとくしたけど、なっとくいかーーん(意味不明)

いや、笑ったんですけどね。

うーむ。
作家は、作品を残すことができなかったことを惜しんで幽霊になるのか?
自分の名前が残らなかったことを惜しんで幽霊になるのか?

どっちかというと、前者であって欲しいです。
まあ、後者でも、おもしろい作品が作れれば、その人の人間性は、実はちっとも、かまわないのかもしれませんが。

独房ファンタジア

いや、てっきり、扉が開いて逃げちゃう話だと思ってたんです。

でも、典獄に、約束するじゃないですか、そのあたりから、ちょっと、違うぞという感じがしてきて……。

最後は、扉が開いているのは、わかっていたのですが、奥さんには、「やられた」と思いました。

これは、まさに伝説にふさわしい一編です。
題名は、「ファンタジア」ではなくて、「伝説」と訳してほしかった。

時に境界なし

わたしも、主人公と同じ様に、「小さい悪事なんてどうでもいいじゃないか」と思っているので、この警部の情熱は、理解できない。
「小さい悪事なんてどうでもいい」は、ちょっと言い過ぎかな。
もちろん、その事で、当事者が立ち直れないショックを受けてということはあり得るし、
当事者が、その事にたいして、怒ったりするのは、理解できるのですが。

まあでも、なんのつてもないところに、リスクも覚悟で行ったんだから、帳尻はきっとあっていると思ってしまう。
笑って、野球観戦をしてるけど、きっと苦労したんだと思います。

まして、別の事件の犯人として裁くなんて、まともじゃないと思います。

最初は、手紙を送っても未来ははじめっから決まっていてかわりませんでしたというオチかと思いましたが、あのオチは、ちょっと笑いました。

でも、戸籍も何もないんだから、ちょっと無理があるだろう……。
まあ、ギャグとしては、まあまあかな。

大胆不敵な気球乗り

昔、仕事場の懇親会で、「マディソン郡の橋」っていう映画を見て、さっぱり、理解できなかったことを思い出します。
じつは、こういった恋愛の機微は、全然、わからないのです。

家族が大事なら、

「私はお前を愛していたが、お前の夢を叶えることは出来なかった」

なんて、悲しいセリフを死に際の旦那に言わしたらアカンと思うし、火遊びでないのなら、何もかも捨ててついて行く以外の選択肢はないだろう。

「あれだけが、真実の思い」

とか自分のなかだけで美化して、日常のむなしさを誤魔化すのは、いただけない。
という感想をもったわけです。

さて、話もどって、「大胆不敵な気球乗り」です。

こちらも、ほんの短い間の冒険の日々を書いたものですが、あれ?これは、全然、シヤじゃないや。

ストーリーを話すと、きっと同じような感じになると思うのだが、なんでだろう。
あぁ、こっちの話は、「浮気」ではないかな。

やっぱり、お互いに家庭を持っている男と女が出てくるし、確かに、その不思議な体験の期間中には、お互いに好意をもっているのですが、でも、この2人は、恋愛をするのが運命ではなくて、気球に乗ることが運命だったんだと思います。

だから、彼女が、彼に、

「わたしも空にのぼりたいわ」

というシーン。そして、それを彼が理解するところは、すごくなんか、好きです。

そして、冒険から帰ったあとも、いいなぁと思います。
冒険の日々が、日常を曇らせるのではなくて、日常であること、平凡であることの幸福さを思い出させてくれます。

「彼は望みをすでにかなえてしまい、もうそれを必要とはしていなかったのだ。」

それを必要とはしていない。この部分が、すごく大切なところだと思った。
やっぱり、無い物ねだりではなくって、平凡な今に、足をつけて生きていくのは、大切です。

と、理屈をいっぱい書いていますが、これ、今までの物語よりファンタジーっぽい(というよりメルヘンぽいか?)、優しい雰囲気があって、そこに反応しているのかもしれません。

大好きなロバート・ネイサンの「夢の国を行く帆船」を思い出しました。

コイン・コレクション

一言で、切っちゃいます。
そーんな、都合のいい話が、あるか!

まあ、笑い話、ホラ話のたぐいですね。

ただ唯一。
大人になったハックルベリー・フィンの話は、読みたいかも。
その世界のマーク・トウェインが、この世界のトウェインのように、晩年、人間不信に陥っていないことを祈ります。

愛の手紙

時間を越えた恋のお話。
これまた、大好きなロバート・ネイサンの「ジェニーの肖像」を思い出しました。
これも、時代を超えた恋愛物語です。
でも、「愛の手紙」は、2人が1回も出会えないというところが、なんとも言えない切なさを出しています。

古い机の隠し抽戸のなかの手紙。
なんて、魅力的なアイテムだろう。

多分、周りから見れば、こっけいであったり、理解不能であったりするのですが、「一生を懸けるに足る恋」というのは、多分、こんなものなのかもしれません。

たった数回だけの手紙のやりとり。
それは、たとえ短くても、永遠にも匹敵する時間。
そんな時間がもてたのならば、後悔することはないのかも。


KID’S いわき ぱふ オモチャの国

2月15日(土)。
突然思い立って、京都は宇治市のKID’S いわき ぱふへ行くことを決意しました。

KID’S いわき ぱふのWebサイトから、周辺の地図を出して印刷して、地図で確認して、レッゴー。

自動車で行きます。ナビには、今日もヒマな妹さん。でも、ナビゲーターとしての能力は、ほとんどゼロです。さすが、りんの一族です。

京都の小倉に伯母の家があります。たしか、そこって観月橋に近かった様な気が……。

それぐらいの前知識で、いきなり自動車に乗り込むところが、方向音痴の証拠です。

「とりあえず、伯母さんの家の方に行くね」

ブッブーと自動車は走ります。
伯母さんの家にも、もう2年ぐらい行っていません。
あら不思議。京都に入っていきなり、道に迷ってしまいましたよ。

「あれ?小倉って、こんなに遠かったっけ?」

「道こんでるから、そう思うだけとちがう?」

「でも、もうこのあたり、『宇治』っていう看板が出てるんですが……」

おかしいですねぇ。小倉を通って宇治に出る予定だったのに、小倉を全然通らないうちから、もう宇治に着いたと看板がいうのです。
まったく、こまった看板だ。

けっこぅ細い道を行きますと、観月橋という看板が。

「観月橋あったぞ。地図見て、地図」

「わたしたち、橋のどっちから来たの?」

「宇治橋、わたってええんか?わたるぞ」

「えっ、ちょっとストップ」

こういう状況のときが、1番事故にあいやすいので、注意しましょう。
とりあえず、宇治橋を渡って、第一ホテルの駐車場に車をおいて、地図を確認。

「わかった。ばっちりやで、りんちゃん。もう、すぐそこや」

すごい。奇跡です。一発で目的地に着いたようです。
なんで、小倉を通るという過程が間違っていたのに、素直についたのか?
それはもう、方向音痴というマイナスと、小倉を通るという過程の間違いのマイナスが、かけあわさってプラスになったとしかいいようがありません。
まぁ、いいや。ちゃんと着いたんだし(笑)

「KID’S いわき ぱふ」は、自動車一方通行の商店街の中にあるお店です。自動車は、商店街の駐車場に止めて、お店に行きます。
本屋さんの隣の大きなお人形のおかれたお店で、看板も大きくでています。

中にはいると、本と木のおもちゃがたくさんおいてあります。
ズカズカと入ると、妹が着いてきません。
??

「すいません、お客様。はきものをはきかえてお上がりください」

お店の方にいきなり注意されてしまいました。
このお店も、入り口でスリッパにはきかえないといけないのでした。

「いやぁ、下駄箱があったからどうしようかと」

と妹。

「しってんにゃったら、言ってくれよ~(泣)」

気を取り直して、靴は着替えてお店にゴーです。
お店の中は、特にすごい数の絵本です。
お店の方が電話の対応をされています。
なになに、お手玉のことがラジオで取り上げられてから、お手玉がすごく売れて、売り切れ状態だみたいな話をされているようです。

入り口付近には、ハンマー・トイとかがあります。
妹は、そういう乱暴なオモチャは、大好きなようです。ハンマーを振り回したり、吊ってある木のモービルをはじいたりしてめずらしそうにしています。
でも、わたしは、キョロキョロ。

ボードゲームとか、カードゲームは?

奥まですすむと階段があります。階段のところにも、所狭しといろいろな子育て関係、絵本関係の本が置いてあります。
上は、物置かな?のぼっていってもいいのかな?

木のおもちゃも、最近大好きになりつつあるのですが、これだけだったら、来た甲斐がありません。

「あのー、ボードゲームとか、カードのゲームを探しているのですが?」

とお店の人に尋ねると、そういったちょっと年上の子ども用のおもちゃは、2階にありますよとのこと。
2階にレッツゴー。

2階。
2階は、パラダイスでした。

「ど、どうしよう」

「どうしたん?」

「お金がたりない」

「まだ、買うもん決めてもいやへんやんか!」

だって、ざっと棚を見渡しだけで、「カヤナック」はあるわ、「ディスクショット」はあるわ、「枝のゲーム」はあるわ、「ノエ」はあるわ、「ダイナマイト」はあるわ……。
あぁ、「リーチ」までおいてある。

棚の前で、

「うっ」

と、うめいているわたしを見かねて(?)、お店の方が来てくださいました。

「あの、何歳ぐらいのお子さんがおられるのですか?」

きた。いつもの質問。

「えーと、小学校1年生ぐらいなんですけどね」

多分、妻だと思われている妹が隣で爆笑を押さえていますが、最近、この言葉がスラスラ出てくるわたしです。
平気で、嘘をつく人々?
だって、嘘じゃないもん。

なんと、一番奥の棚は、見本の棚だそうで、自由に遊んでもいいのだそうです。
子ども連れのお客さんが、わたしたち以外に1組。見本の棚から、色々出して遊んでいます。

わたしたちも、いくつか、カードゲームを教えてもらいました。
やっぱり、こういうお店に働いておられる方は、自分の売っているものに対して、誇りと愛情を持っておられるのだなぁと感じる一瞬でした。

「これは、わたしのオススメなんです」

と紹介していただいたゲームが、「かしこい農夫」でした。

それから、「ピノキオ」、「メルヘンカルテット」などを実演しながら紹介してくださいました。
「メルヘンカルテット」は、「YELL」というお店で手に入れていたのですが、あれ以外にも種類がいろいろありました。探してみたら、しってるお話ばかりのカードもありそうでした。

妹もあとから、

「お店の人のお気に入りがあるってすごいなぁ」

と言っておりました。

「ちょっと、テレビゲームのおもちゃ屋さんとは違う感じでしょ」

と言うと、

「うんうん」

とうなずいておりました。

一通り、多分20分ぐらい説明していただいて、棚を探して買うものを考えます。

イメージとしては、ボード1つとあとカードがいくつかほしいなー。

ボード。「ディスクショット」、「カヤナック」、「すすめコブタくん」、「枝のゲーム」……。もうすでに、予算オーバーです(笑)

「カヤナック」と「枝のゲーム」は、予算オーバーになるので、今回はパス。
「すすめコブタくん」は、サーカスをしているコブタくんがあまりにもかわいいので、購入決定。でも、家帰ってから、ゲーム中はサーカスしないことが判明して、ちょっとショックを受けました(笑)
「ディスクショット」は、こういう体動かし系のゲームを持っていないので購入。

次は、カードゲーム。
まずは、ハバのリトルゲーム「ニャーニャー」購入決定。ハバのリトルゲームで、ネコだから(笑)。
「ダイナマイト」と「ノイ」だったら、数字が増えていく「ノイ」の方がいいよなぁ。
「コンツェルト・グロッソ」は、ほしかったゲーム。「ラーのリファレンス」があった場所と同じところに「コンツェルト・グロッソのリファレンス」もおいてあったよなー。
「メルヘンカルテット」の生活のヤツは、けっこう誰でも出来そうだったよなー。
「妖精さがし」もいいなー。でも、「動物さがし」は、お店の方に紹介してもらったよなー。
あぁ、でも、オススメと言わはったゲームは、「かしこい農夫」だぞ。

どんどんどん、と机の上にカードの箱が積み上がります。

「ハウマッチ?」

「うーん、○○円ぐらい」

妹は、方向音痴ですが、計算は速くて正確です。やっててよかった公文式。

「思いっきり、予算オーバーしてますなぁ」

「今日の映画が見に行けへんようになるほど買ったらあかんよ」

その日は、「指輪物語 第二部 二つの搭」を夜に見に行く予定の日です。

なくなく、減らします。
ジェスチャーゲーム、「コンツェルト・グロッソ」。
オススメゲーム、「かしこい農夫」。

品物持って、レジに。

チーン。

「ありがとうございました。
オモチャのこと、たいへん、お詳しいんですねぇ」

調子に乗って、知ってるゲームは、妹に解説しておりました。それを聞かれたらしい。

「えっ、ええまぁ。し、仕事がらかな…」

また、となりで妹が笑い死にしかけています。
どんな仕事やねん。おもちゃ屋か?すわっ、ライバル?

というような感じでしたが、品揃えも豊富で、とってもよいお店でした。
1階にも、子どもたちが遊ぶスペースがあって、家族連れが見られました。

「あれ、2階に直接上がる階段があるやん」

「でも、ドアのところ、1階から入ってくださいって書いてあったよ」

本当ですか?

帰りしは、「大津」という看板の方向へ。
行きしなには通ったことのない、山道に入っていきます。

「ほんまに帰れんのか?」

「大津って、書いてあるやん」

「奈良県大津とかとちゃうやろなー」

なんと、南郷のあたりに道はつながっていました。

「YELLにもよって帰るか?」

「あぁ、あの椅子」

ちょっと、思い出してうっとりしています。

「でも、第2、第3土曜は、休みやったんとちゃう」

その通りでした(笑)

お給料もらった、また行こう。
ということで、無事に家に帰り着きました。