不安とのつきあい方

岡田斗司夫の「風立ちぬ」を語る2 本当は残酷で恐ろしくて美しい「風立ちぬ」 電子版

これも、元の音源を聞いたかな。
新聞記者のインタビューというか質問に、岡田 司夫が答えてます。

この新聞記者さんが、自分の感想に自信がなさそうなのが、なんとも。
そして、権威(岡田斗司夫)に、正解を聞いて恥をかかないようにしておこうとしている感じが……。

まぁ、多分、わたしも時々、そういうことをしちゃっていることがある気がするから、気になるんだろうなぁ。

本当は、感想なんて、自分の感想なんだから、正しいも間違っているもなくて、表明すればいいんだよと思うのですが。
どっか、解釈が違っているために、こんな感想になったのかも、しれない。間違って、笑われたらどうしようというの、働いてしまうんですよねぇ。

そしてまた、この「風立ちぬ」という映画が、一部の人間に、そういう不安をかきたたせるお話であったということだと思います。

岡田 斗司夫みたいな人が、ズバッと言葉にしてくれると安心する。

うーん、「でも本当に必要なのは、自分でそれを整理して言葉にする力かも」と書こうと思ったけれど、「本当にその力は必要なのかな?だれの意見を聞けばすっきりするか知っているだけでもいいのかも」とも思った。

不安なときは、強い言葉の人についていきたくなるよねぇ。
でも、不安な状態のままで、ゆらゆら、フラフラしているのにも、もしかしら意味があるかもしれない。