選ばれたる者の恍惚と不安

バッテリー

映画を見て、文庫本で6巻が出たので、読み始めました。

「バッテリー」は、なんと小学生を卒業して、中学校に入学するまでの春休みの間だけの物語でした。
この密度にビックリしました。
映画は、ぎゅっと6巻分が濃縮されていたのですね。

映画でも、親子関係など、微妙な描写が上手かったのですが、小説は、それ以上に上手かった。
変化したかしないかがわかるかわからないかぐらいの変化。それ以上書いたら作り事になるような心の動きが、メチャクチャおさえられながらも、的確にかかれていてビックリします。

1番最初にそれに気づいたのは、おろち峠を越えるところ。
あぁ、巧は母親に似ていて、青波は父親に似ている。そして、巧と母親のギクシャクしたところは、そんなところにも、原因があるのだなと自然に理解できました。
それは、映画を見ていたときは、気づかなかったことでした。1

もちろん、映画と同じく、巧の自負や、豪の心の広さには、

「オイオイ、キミたちは、本当に小学生か??」

とツッコミをいれたくなることもあるのですが、思い返してみれば、心の中では、少年時代、自分たちもあんな風に精一杯つま先立ちで背伸びをしていた気がします。
思春期をむかえた子どもたちにとっては、とても共感できる心の動きかもしれません。

だから、この物語は、とてもジュブナイルとしても優れていると思います。

  1. でも、確かに気がついて見ればという感じではかかれていましたが []