2004年04月一覧

4月ころぽっくるの家テーブルゲーム会 その7 ここでの定番

リトルゲーム・ジュニア・ポーカー

次は、さすがに、午前中に遊ばなかったゲームを。
ということで、「リトルゲーム・ジュニア・ポーカー」を用意しますが……。

「えー、それ、ちょっと簡単すぎーー!!」

という声が(笑)
まあ、今までやっていた遊び方は、手札を1回交換しただけで、オープンにして勝負ですから、確かに、ちょっと単調といえば単調です。

ということで、今回は、ベットのルールも交えて、遊んでみることにします。
1番難しい「リトルゲーム・ジュニア・ポーカー」のルールです。

ただし、「リトルゲーム・ジュニア・ポーカー」は、4人用のゲームということで、わたしは、札配りがかりです(泣)
まあ、5人でもできないことはないのですが、みんなが最大数のカードを交換すると、山を作り直さないといけなくなるのです。

カードを書くプレーヤーに5枚ずつ配って、手札を0枚から3枚まで好きな枚数チェンジしていくのは、今までと同じルールです。
さて、今までは、ここで、

「カードオープン。勝負」

だったわけですが、今回の上級ルールは、ここからが勝負の始まりです。

今までは、勝ちの数を表すだけだった「食べ物カード」ですが、ベットのルールでは、チップのかわりに使います。

まずは、ゲームの参加料として1枚動物カードを全員出しておきます。
そして、交換されたカードを見て、勝負にのるか、降りるのかを考えていきます。

まずは、親のプレーヤーが、「ベット」するのか、「勝負」するのか、「降りる」のかを宣言します。

親だけが、「勝負」を宣言することができます。
「勝負」の宣言がされると、みんなカードをオープンにして、強さを比べて、1番強い人が、場にある全ての動物カードをもらいます。

親が「おりる」と宣言した場合は、親のとなりの人が、新しい親になってた、ゲームを続けます。

親が「ベット」をした場合は、他のプレーヤーは、勝負にのるつもりならば、親と同じだけの動物カードをベットしなければなりません。
親は「ベット」を3回することができます。

例え手が悪くても、ハッタリがきいてみんなが降りてしまえば、勝てます。
また、自分の手が本当によいときは、相手がのってくれれば、大量の動物カードを手に入れることができます。

これは、なかなかの心理戦です。
大人は、実はけっこう安全策をとろうとします。
でも、そうすると、すぐに勝負から降りちゃうので、全然勝てないわけです。
そこを子どもがかすめていって。

でも、勝負するときは、引き際をあまり心得ていない子どもたちですから、一気に挽回できる。

なかなかの白熱したシーソーゲームでした。

「こんな天気のいい日に、昼間からバクチですか?」

と、お母さんには、言われてしまいました。

うーむ。
やっぱり、バクチくささは、ちょっとぬけてないか……。


グリーンゴブリン編のあのシーン

スパイダーマン8 アルティメット

最近は、MJが被害者で、助かっちゃうんですねぇ。
映画版も、このコミックも、そうでした。

昔のスパイダーマンは、あのシーンで、グウェンが死んでしまうわけです。
そして、物語の転機にもなっていたと思うので、これからどうストーリーが展開していくのか、ちょっと不安もあります。

まあ、あの「間に合わなかった」は、たしかに、今でも、衝撃的すぎるきらいはあるのだと思います。

ブライアン・マイケル・ベンディス,Braian Michael Bendis,
ビル・ジェイマス,Bill Jemas,
マーク・バグリー,Mark Bagley,
光岡 三ツ子
新潮社
発売日 : 2004-01

若い教授

天才柳沢教授の生活23

若き日の教授が、婚約者に対して、彼なりに気をつかって適当なことをしゃべっているのが、ちょっと笑ってしまいました。
今の教授なら、きっと、こんな風に調子を合わせたりしませんね。

そして、いつの時代でも、良かれ悪しかれ、子どもは柔軟です。
この柔軟性は、どんなところでも生きられるようにという、祝福なのかもしれません。


カヲルくん

新世紀エヴァンゲリオン9

なんか、けっこう順調に進んで、とうとうカヲルくん登場です。
なんか、ちょっとアブナい性格になってますが。

そろそろ、まとめの時期に入ってきました。
さて、どうやって、まとめるか、楽しみですね。


世界戦争

THE WORLD 4

どうやら、ホワイト・ワイルドよりも、ブラック・ワイルドの方が、ストーリーを動かしやすいようです。
ということで、この巻は、ブラック・ワイルドのお話。

そういえば、意外なことに、この人の「戦争」を正面から描いたマンガは、はじめてのような気がします。

エンジュは、作者自身が投影されているのかなと思う。
DVの被害者である自分。作家としての自分。
もっとも、それは、自分自身を悲劇の主人公に仕立てる目線ではなくて、なぜ、自分自身が、その状況に甘んじたのか?なぜ、理解されない物語を物語らずにはいられないのか?までも、考えているのですが。

魂が空をわたるシーンが出てきます。
あの魂は、人の魂だけではなく、本当に無数の動物たちの魂もまざっているのでしょう。